2016年5月25日水曜日

マイクロバイオーム・ビジネス(3):日本のベンチャーの動向

  前々回前回の2回に渡り、マイクロバイオーム(微生物叢)ビジネスに関わる欧米のベンチャーの動向をまとめて紹介した。今回のGOクラブでは、マイクロバイオーム・ビジネスのシリーズの最終回として、日本のベンチャーの動向を紹介する。また、欧米と日本のビジネスとの違いについても考えてみたい。


日本での過去の取り組み

  日本では、1980年代から大手食品企業と大学(主に農学部)で腸内菌叢にも着目した機能性食品の研究と開発が進められている。機能性食品(Functional Foods)という語自体も、1984年に文部省「機能性食品」の研究班によって生み出された。1991年には、特定保健用食品制度の導入が導入され、健康維持を促進する乳酸菌などが開発され、世界を先導してきた。しかしながら、これまでのGOクラブでの記事で紹介したように、2000年代後半からヒトに常在する微生物叢のメタゲノム解析を中心として、主に米国でマイクロバイオーム研究が急速に進み、日本の研究開発が大きく遅れる状況になっている。科学技術振興機構の研究開発戦略センターの調査によると、2000年から2015年のヒトマイクロバイオームの論文数は、1位は米国、2位は英国、3位は中国、4位はドイツ、5位はカナダで、日本は17位である(日経バイオテクONLINEの記事)。

日本のマイクロバイオーム・ベンチャーの活動

  前々回前回のGOクラブで紹介したように、欧米では2010年前後から急速にマイクロバイオーム・ビジネスに関わるベンチャーが設立され、活発な活動を進めている。日本では、ここ1、2年の間に数多くのマイクロバイオーム関連のベンチャー企業が設立され、活動を始めた。その活動の内容を下表にまとめる。前々回前回のGOクラブで欧米の60社近くのベンチャー企業がマイクロバイオーム関連ビジネスを推進していることを紹介したが、日本でも7社-1組織の合計8機関がマイクロバイオーム関連ビジネスを推進しており、意外と数が多いという印象を受けた。

 企業名 本社所在地
   /設立年
      事業内容         特徴
 ㈱ テクノスルガ・ラボ 静岡県静岡市
  /2007年
 微生物叢の受託解析事業 タカラバイオ㈱や㈱ジナリスオミックスなどと並んで微生物叢の次世代シーケンシング解析事業を進めている。微生物叢の次世代シーケンシングに力点をおいているので、本リストに入れた。
 TAK - Circulator ㈱ 東京都文京区
  /2014年
 皮膚細菌叢に着目した研究支援事業 東京大学の研究シーズを生かして研究開発と事業を推進している。皮膚細菌叢に着目した研究支援事業を推進しているが、血中のセルフリーDNAのシーケンシング解析に基づくがん診断にも取り組んでいる。
 ウンログ ㈱ 東京都渋谷区
  /2013年
 B-to-C型の腸内細菌叢の検査事業 一般消費者が自身の便を採取し、便中の腸内細菌種の分布を分析して、その分析結果を返すという「米国ベンチャーのuBiome, Inc.に近いビジネス」を推進している。次に紹介するサイキンソーと類似のサービスを提供しているが、ウンログの方は愛犬の腸内細菌叢の解析サービスも提供している点がサイキンソーと異なる。
 ㈱ サイキンソー 神奈川県川崎市
  /2014年
 B-to-C型の腸内細菌叢の検査事業 一般消費者が自身の便を採取し、便中の腸内細菌種の分布を分析して、その分析結果を返すという「米国ベンチャーのuBiome, Inc.に近いビジネス」を推進している。
 ㈱ メタジェン 山形県鶴岡市
  /2015年
 腸内微生物叢のシーケンシングとメタボローム解析を合わせた研究支援事業 ゲノム解析とメタボローム解析を合わせて、腸内細菌叢を解析する研究支援事業(特に企業との共同研究)を推進している。
 ㈱ ビケンバイオミクス 大阪府茨木市
  /2015年
 微生物叢のシーケンシング解析事業 マイクロバイオーム研究で日本でも実績がある大阪大学微生物病研究所発ベンチャーである。微生物叢のメタゲノム解析の受託を中心とした事業を推進している。
 マイメタゲノム 東京都新宿区
  /2016年
 ヒト・動物の微生物叢のシーケンシング解析事業 微生物ゲノム研究で著名な服部正平博士が中心となって立ち上げた微生物叢シーケンシングベンチャーである。ヒトだけでなく、動物の微生物叢解析も推進するという発表がなされた。
 Japanese Consortium for Human Microbiome
(非営利組織)
 東京都目黒区
  /2012年
 微生物叢のシーケンシング解析事業 メタゲノム研究で優れた実績を有する東京工業大学の黒川顕教授が中心となって立ち上げた非営利組織である。企業と連携して、メタゲノム研究の成果を産業応用につなげることを目指している。

ベンチャー以外のマイクロバイオーム・ビジネスの動向

  今年に入り、武田薬品㈱がフランスのマイクロバイーム・ベンチャー企業であるEnterome Bioscience SA()と共同研究開発契約を締結したり、味の素㈱が糖尿病惹起腸内細菌の発見を発表するなど、日本の大手企業のマイクロバイーム・ビジネスに関するニュースも目に付く。さらに、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)から、「革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST、PRIME)」の研究開発領域「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明」に関する研究グラントの公募開始が今年4月13日に発表された。

 この研究開発領域では、今年10月から、それぞれ最長5年、最長3年の期間で、微生物叢に着目して疾患・発症のメカニズムに関する基礎研究を進め、ヒト微生物叢の制御による新たな健康・医療シーズの創出を目指している。本支援事業の企画のベースになっているものが、JSTの調査事業であり、その報告である戦略プロポーザル「微生物叢(マイクロバイオーム)研究の統合的推進~生命、健康・医療の新展開~」である。本報告書では微生物叢研究の推進意義がまとめられている。
)Enterome Bioscience SAについては、以前のGOクラブで紹介しておりましたが、今回のシリーズ記事で掲載から漏れておりましたので、前回のGOクラブの記事を修正し、追加しました。

欧米と日本の違いに関する考察

  今回の記事を含む3回シリーズの記事で、欧米と日本のベンチャーのマイクロバイオーム・ビジネスを紹介した。欧米と日本のベンチャーの大きな違いは、欧米ではベンチャー自身で医薬品など製品を創成するビジネスモデルが多い。一方、今回の記事で紹介した日本のベンチャーのすべてが、大企業などの製品開発を支援するビジネスモデルか、消費者向けのサービス提供ビジネスとなっており、自社製品の創出を進めているベンチャーは現時点では見当たらない。その相違の原因については、日経バイオテクONLINEメール【Vol.2435】(今年4月27日付)の記事でも示唆されている。この記事では、製品開発を行うには、多額の資金が必要であるが、日本と欧米では資金の集めやすさが大きく異なると記されている。確かに、日本のベンチャー投資資金は、米国と比べると圧倒的に少ないというのは周知の事実なので、マイクロバイオーム・ビジネスを推進する日本のベンチャーに影響を与えている要因の一つであろう。例えば、融資を中心として資金を調達した場合、規模も限定的となり、経営者に保証負担が生ずるほか、金融機関から早期の黒字化が求められるため、早期に収入が得られる研究支援型ビジネスや消費者向けサービス提供ビジネスが多くなると考えられる。

 別の要因としては、ベンチャーと大企業との間の役割分担の違いが挙げられる。欧米では、新しい技術が登場した時点で、ベンチャーが製品開発も視野に入れて研究開発を進める傾向にある。開発が進んだ後は、製品そのものをベンチャーで販売するか、製造・販売能力を有する大企業に新しい技術を導出する、あるいは大企業にベンチャーが買収されるという道を歩む。一方、日本では、新しい技術分野については、ベンチャーが大学の成果も生かして大企業に対して技術・研究支援を行い、大企業が製品開発を行うという形態が多い。

 最後に、3回の連載記事を概観してみると、欧米と日本のベンチャーの立ち上げ時期は、概ね3~5年程度の差異があることがわかる。製品を創出する際に、欧米が先行して特許出願を行っているために、日本のベンチャーが製品シーズの知財を取得することが困難であることも、欧米と日本との違いが生じる要因の一つかもしれない。マイクロバイオーム解析技術だけであれば、欧米の大学やベンチャーの知財権に抵触しない技術が多いので、多くの場合研究支援ビジネスの推進には支障が出ないと考えられるためである。