2015年11月11日水曜日

PacBio、大幅に改良した新シーケンサーSequelを発表!

 1分子リアルタイム・ロングリード・シーケンシングで著名なPacific Biosciences of California, Inc. (PacBio) は、現行機種であるPacBio RS IIシステムと比べて、スループットが高く、安価で小型の新機種"Sequelシステム"を今年中に発売することを9月30日付で発表した。今回のGOクラブでは、この話題を紹介する。


Rocheとの共同で開発したSequelシステム

  以前のGOクラフでも紹介したが、F. Hoffman-La Roche Ltd. (Roche)は、約2年前の2013年9月25日に、PacBioに対して40百万ドルの資金提供を伴う支援を行うことにより、ヒト診断向けの新しいシーケンサーの開発を進めることを発表した。そして、PacBioは、Rocheとの共同で開発した新シーケンサーであるSequelシステムを9月30日に発表した。PacBioは、Rocheからすでに20百万ドルの資金を受けているが、このSequelシステムの完成により残額の20百万ドルの資金を受け取ることになる。

 Sequelシステムの利用については、RocheはSequelシステムをヒト診断用途に独占的に利用できる契約をPacBioと締結している。一方、PacBioはヒト診断以外の用途で利用するユーザーに対してSequelシステムを販売することができる。年内に10台のSequelシステムを出荷する予定であるが、大半はRoche向けとなるらしい。

Sequelシステムのスペック

  PacBioが開発した「1分子リアルタイム・ロングリード・シーケンシング」の原理は、「多数の微小穴(各穴の大きさは内径約70 nm、深さ約100 nmで、各孔の底には1分子のDNAポリメラーゼが固定化されている)が並んだチップであるSMRT Cellを用いて、蛍光色素を持つヌクレオチドがDNAポリメラーゼにより取り込まれるときに発する蛍光を検出することにより塩基配列を読み取る」というものである。詳細については以前のGOクラブの記事を参照してほしい。
 現行機種PacBio RS IIシステムで利用できるSMRT Cellの微小穴の数は15万個であるが、Sequelシステムで利用する新設計のSMRT Cellの微小穴の数は100万個となり、約6.7倍のスループットが見込まれる。なお、1回のランでセットできるSMRT Cellの数は、現行機種と同じく16個である。新シーケンサーSequelシステムのサイズは、現行機種と比べると、設置底面積も重量も約1/3となり、小型化している。小型化したといえども、高さはヒトの背丈ほどあり、また重量も354kgもある。現行機種の価格は750千ドルであり、高価な機種であったが、新機種Sequelシステムの価格は350千ドルとなり、他社の機器の価格と比較できるレベルにダウンした。

シーケンシング反応とその性能

  新機種で利用するシーケンシング反応に関しては、現行機種と同じP6-C4 chemistryを使っており、アップグレードはない。現行機種の出力は0.5~1.0 Gb/cellであったので、新機種の出力は3~6.5 Gb/cellと予想される。1ランで16個のSMRT Cellをセットできるので、1ランの最大出力は50~100 Gbと予想される。
 リード長は平均10 kb以上である。シーケンシング精度は生データレベルでは90%には達していない。しかし、リードエラーがランダムに入るために、冗長度30でコンセンサス精度99.999%(QV50)という比較的高い精度が得られている。ヒトゲノム解析における用途としては、「冗長度10のリードによる欠失・挿入・重複などの構造変化の検出」と「冗長度30以上のリードによる塩基バリエーションと変異の検出」が挙げられる。ヒトゲノムを冗長度10で読むには、30 Gbの出力が必要であり、Sequelシステムを用いると2日間の反応を必要とするだろう。また、ヒトゲノムを冗長度30で読むには、100 Gbの出力が必要であり、1ラン(16 cell)で読むのは厳しいかもしれない

Sequelシステムの用途と対抗機器

  現行機種であるPacBio RS IIシステムは、細菌ゲノムのような小さなゲノムだけでなく、高等生物の大きなゲノムに対する新規ゲノムシーケンシングでの利用が増えている。新機種の1 cellあたりの消耗品コストは700ドルであり、機器価格も半減したので、新機種の新規ゲノムシーケンシング向けの利用はますます増えると見込まれる。一方、ヒトゲノム解析に関しては、冗長度10のリードによる構造変化の検出では3000ドルの消耗品コストが必要となり、急速に普及することはむずかしいかもしれない。また、PacBioシーケンサーを用いるとヒト全ゲノム解析を高精度に行えるが、Sequelシステムでも消耗品コストが1ゲノムあたり1万ドルを超えるので、依然としてコストが高い。
 新規ゲノムシーケンシング以外では、Iso-Seqと呼ぶ方法で完全長cDNAの配列決定を行えるので、mRNAのスプライス・バリアント解析でも需要が伸びるであろう。なお、PacBioシーケンサーはエキソーム・シーケンシング、アンプリコン・シーケンシング、mRNA-SeqのようなmRNA発現量の定量には向いていない。
 
 これらの用途では、唯一Oxford Nanoporeシーケンサーが競合となるが、シーケンシング精度の点などで現時点ではPacBioシーケンサーの方が優位であろう。
 Rocheが2年前にPacBioシーケンサーに投資した目的は、ゲノム診断用シーケンサーの開発であった。PacBioシーケンサーは、性能面ではゲノム診断に利用できるレベルに達しているといえるかもしれないが、解析コストは、機器の償却費や解析に要する人件費を含めると、依然として高い。Sequelシステムは、今後の改良で登場する新型のSMRT Cellにも対応するという情報があるので、機器の価格、スループット、試薬代の低減などで、解析コストが大きく下がることを期待したい。