2013年12月10日火曜日

Ion Torrentシーケンサーの最近の動向

 Ion Torrentシーケンサーの構造は複雑でなく、シーケンシング用半導体チップのグレードが向上することにより、スペックが上がっていくので、将来発展が期待できるシーケンサーである。しかしながら、予定通りの性能向上が達成できていないために、Illuminaシーケンサーに後塵を拝する状況が続いている。Life Technologies Corporation (Life Technologies)は、最近 Ion Torrentシーケンサーについて新しいキットや新技術の発表を行ったので、最近の動向をまとめてみたい。


新しいDNA増幅法: Ion Isothermal Amplification Chemistry

 約1年前のGOクラブで紹介した新しい等温DNA増幅法(Avalanche)について、しばらくの間利用開始に関する発表はなかったが、Life Technologiesは、10月23日の発表で、今年11月よりアーリーアクセスプログラムとして利用できるようにすることを明らかにした。この発表によると、名称は“Avalanche”から“Ion Isothermal Amplification Chemistry”となり、約500 bpの長さのDNAライブラリーを1本のチューブ内で30分で調製できるスペックを有する。シーケンシング用鋳型DNAの調製も2時間程度で終わるので、従来法と比べて、配列が得られるまでの時間が大幅に短縮される。

 なお、Ion Isothermal Amplification Chemistryの方法の内容については公表されていないが、Life TechnologiesがSOLiD 5500シーケンサー用に開発した等温DNA増幅法を改良したものと推測する。この方法の概要を以下に述べる。

(1) スライドグラスなどの基板上にオリゴTを固定化し、オリゴA-Tを付加した鋳型2本鎖DNAを加える。
(2) 鋳型DNAの末端のオリゴA-T部分は解きほぐれやすいので、基板上のオリゴTとアニールし、それをプライマーとしてDNA合成が始まる。
(3) 続いて、反対鎖のDNA合成は別のプライマーを用いて合成する。鋳型DNAの末端のオリゴA-T部分は解きほぐれやすいので、基板上に別のオリゴTとアニールし、次のDNA増幅が始まる。この現象を“Template Walking (TW)”と呼んでいる。このようにして、一定の温度でDNAが基板上にコロニー状に増幅されることになる

 SOLiD 5500シーケンサーでは、エマルジョンPCR法ではなく、この方法を用いて鋳型DNAの調製が行われている。詳しい原理については、すでに論文に記載されているので、その論文〔 Ma, Z. et al.: Pro. N. A. S. 110, 14320-14323 (2013)〕を参照してほしい。

 Ion Torrentのシーケンシング用半導体チップでも、エマルジョンPCR法を用いてDNA増幅を行ったナノビーズをチップ内に入れてシーケンシングを行っているが、新しい方法では半導体チップのpHセンサーの基板上でDNAを増幅するものと予想する。ナノビーズ上で反応すると、反応に伴って遊離する水素イオンがpHセンサーに効率よく届かないが、基板上の鋳型DNAをもとに反応させると、pHセンサーによる検出能が向上することが期待できる

新しいシーケンシング用酵素: Ion Hi-Q Sequencing Chemistry

 Ion Torrentシーケンサーは、Illuminaシーケンサーに次いで普及しているシーケンサーである。しかし、Ion Torrentシーケンサーは、Illuminaシーケンサーと比べて「特に欠失・挿入変異が多いなどシーケンシング精度が若干劣る」、「ペアエンド・シーケンシングが行えない」などの欠点がある。さらに、Ion PGMシーケンサーはリード長が400 bpであるが、Ion Protonシーケンサーはリード長が200 bpである。また、Ion Protonシーケンサー用の大出力チップであるIon PIIチップの発売も遅延している。このような現状から、Ion TorrentシーケンサーはIlluminaシーケンサーと比べて見劣りがする。

 今回、Life Technologiesは、シーケンシング精度を大幅に向上できる改良型DNAポリメラーゼ(Ion Hi-Q Sequencing Chemistry)に関する発表を行った。Ion Hi-Q Sequencing Chemistryは、上述のIon Isothermal Amplification Chemistryと合わせて、現状の問題点を一気に解決できる可能性を秘めていると思われる。

 今回発表された改良型DNAポリメラーゼは、10,000種類のDNAポリメラーゼの変異体をスクリーニングすることにより得られたもので、欠失・挿入変異の発生率が0.224%から0.027%に減少している。Life Technologiesが公表した情報によると、Ion PGMシーケンサーを用いた場合、400 bpのリードにおいてQ30以上の品質の配列データが得られたという。Ion Protonシーケンサーではどういうスペックが出るかは不明である。このIon Hi-Q Sequencing Chemistryは来年7月に利用開始を予定しているとLife Technologiesでは説明している。

シーケンシングサンプル自動調製キット: Ion Chef

 Life Technologiesは約1年前に鋳型DNAをIon Chip(シーケンシング用半導体チップ)内に自動的に注入する機器であるIon Chefの情報を公開した。その後長い間、利用可能に関する発表はなかったが、今年末からりアーリーアクセスプログラムとして利用できるようになることが発表された。Ion Chefを用いると、15分で鋳型DNAのチップ内注入が完了し、シーケンシング反応を行える準備が整う。

Ion Proton用エキソーム・キャプチャーキット: Aglient SureSelect

 エキソームシーケンシング用エキソンキャプチャーキットであるAgilent SureSelectは、これまではIlluminaシーケンサー用で利用頻度が高かったが、このたびAgilentは、10月22日付で、Ion Protonシーケンサー用エキソンキャプチャーキットであるSureSelectの発売をアナウンスした。このキットを用いると、1日半でエキソームシーケンシング用の鋳型DNAを調製することができる。

BGI、50台のIon Protonシーケンサーを購入

 今年10月21日付で、世界最大の次世代シーケンシング機関であるBGIがIon Protonシーケンサーを37台購入し、さらに年末までに12台以上のIon Protonシーケンサーを追加購入することを発表した。上述のIon Protonシーケンサーの性能の進歩を評価して、多数台のIon Protonシーケンサーの購入を決定したものと予想する。このような動向から、Ion Protonシーケンサーも来年末までにはかなり性能が向上し、Illumina HiSeqシーケンサーに十分対抗できる機種になると期待できる。