2013年4月26日金曜日

イリノイ大学のグループが開発を進めるナノポアセンシング技術

 Oxford Nanopore Technologiesは、今年1月8日に、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)、ブラウン大学、スタンフォード大学、ボストン大学、ケンブリッジ大学、サウザンプトン大学などの教育研究機関に対して、Oxford Nanopore Technologiesが保有するナノポアセンシング技術の特許実施権をライセンスすることを発表した。今回のGOクラブでは、これらの中で、UIUC・Bashir教授のグループが開発を進めるソリッドステート・ナノポアセンシング技術について紹介したい。


ソリッドステート・ナノポアセンシング技術の開発の経緯

 ソリッドステート・ナノポアを用いてDNAをセンシングできることを初めて発表したのは、ハーバード大学のGolovchenkoのグループである。

 Golovchenkoらは、低エネルギーイオンビームを用いて半導体絶縁膜であるSiN膜にnmスケールの穴を開け、その穴にDNAが通過するときに、イオン電流が変化することを見出し、ソリッドステート・ナノポアによりDNAを検出できることを示した。この発表以来、SiN膜をソリッドステート・ナノポアセンシングに用いる研究が進んでいる。しかしながら、SiN膜の場合、1塩基レベルの解像度で塩基配列を決定するのに必要なsubnanometer(ナノメートル以下)の加工を行うことはできない。

 このSiN膜に対して、UIUC・Bashir教授らは、極薄絶縁膜をsubnanometerの精度で加工する研究を進める中で、ALD法(Atomic-Layer Deposition;原子層を均一に堆積して膜を形成させる方法)を用いて、Al2O3膜の厚さをオングストーム単位で制御できることを発見した。

UIUC・Bashir教授らのソリッドステート・ナノポアセンシング技術

UIUC・Bashir教授らが開発したAl2O3絶縁膜ナノポアに関しては、次の2つの特徴が見出された。

 (1) 集束電子ビームを用いてAl2O3絶縁膜にナノポアを開けたときに、電子ビームの強さに応じてAl2O3膜の一部がAl金属に変換し、電極を形成できる可能性が示された。(2) 電子ビームの強さに応じてAl2O3膜の表面上にナノ結晶構造部分が形成され、ナノポアと電解質との境界面に表面電荷を持つ領域をデザインできる可能性が示された。

 一般に、SiN膜のナノポアを用いたときには、DNAのナノポア通過速度が塩基配列の解読には速すぎるという欠点がある。一方、Al2O3膜の表面はプラスに荷電しており、マイナスに荷電しているDNAは静電的に強く相互作用するので、DNAの通過速度を減少させることができる。また、ALD法は、ユニークな特性を有するTiO2やHfO2などの高誘電率金属中にナノポアを形成させることができるので魅力的である。しかしながら、ALD法により作製したsubnanometerの絶縁膜の場合、極薄膜中のピンホールを通してイオン電流が漏れるために、ナノポアセンサーの実用化は進んでいない。

 一方で、Graphen(炭素原子の2次元シート)の膜厚は塩基間の距離に相当するので、塩基配列を識別できる可能性があり、GraphenのナノポアにDNAを通過させることにより塩基配列を解読する試みが行われている。Bashir教授らも、Graphenに着目して、Al2O3絶縁金属膜とGraphen単層膜を積層した多層膜のナノポアを用いてDNAを検出する研究を進めている。

ナノポアセンサーによるDNAメチル化部位の検出と定量

 Bashir教授らのグループは、ALD法により作製した絶縁金属膜のナノポアを用いてシーケンシングできることを報告していないが、SiN膜のナノポアを用いることにより、DNAメチル化部位を検出でき、しかもDNAメチル化の定量を行えることを発表した

 厚さ20 nmのSiN膜に対して電界放出形透過電子顕微鏡を用いて開けたナノポアを用いて、DNAがナノポアを通過するときのイオン電流の変化によってDNAメチル化部位の検出と定量を試みた。

 まず、メチル化検出用DNAとして、36ヶ所のCpGジヌクレオチド(=メチル化部位)を持つ827 bpのDLX1遺伝子断片を用いた。CpGメチル化酵素であるM.SssI を用いてメチル化DNAを調製し、非メチル化DNAを対照として、径4.2 nmのナノポアをDNAが通過するときのイオン電流変化を調べた。その結果、残念ながら、メチル化DNAと非メチル化DNAの間で電流変化に差異は観察されなかった。

 次に、メチル化部位に結合するMBD1タンパク質の一部(MBD-1xと命名;75アミノ酸の領域)をメチル化DNAに結合させることにより、MBD-1xの有無によりイオン電流値が異なるかどうか調べた。径4.2 nmのナノポアを用いた場合、MBD-1xが結合したメチル化DNAはイオン電流をブロックするために、メチル化DNAと非メチル化DNAの間でイオン電流値に3倍の違いが現れた。続いて、9~10 nmのナノポアを用いると、MBD-1xが結合したメチル化DNAのナノポア通過速度は遅いことがわかり、メチル化部位の同定を試みた。その結果、MBD-1xの通過によりイオン電流のブロックは観察されたが、正確な位置の同定は困難であった。しかし、ブロックされた時間の積算値はメチル化部位の数と比例しており、メチル化部位の定量は可能であることが示された。

多層構造ソリッドステート膜のナノポアセンサーの実用化

 Bashir教授らのグループは、最近の発表内容をもとにすると、多層構造のソリッドステート膜に開けたナノポアを用いてメチル化DNAを含む種々の化学物質を検出できるナノポアセンサーだけでなく、DNAシーケンサーの開発を目指している。多層構造のソリッドステート膜を用いる理由としては、各層を個別に活性化できるので、各層に特徴的な役割を担わせることができる。その結果、多様な分子の検出が可能になると見込んでいる。

 上述のように、ソリッドステート・ナノポアを用いたメチル化部位の検出や定量も可能になり、また、Oxford Nanopore TechnologiesがUIUCに対して特許実施権をライセンスし、研究費も供与したことから、多層構造ソリッドステート膜のナノポアセンサーも実用化に向けた開発段階に入ったと言えよう。