2013年4月9日火曜日

ヒト1細胞からの全ゲノムシーケンシングの新技術

 GOクラブでは、これまでに複数回に渡って「1細胞レベルでの全ゲノム解析の意義」を紹介した。ヒト1細胞からの全ゲノムシーケンシングも可能になったが、1細胞ゲノムシーケンシング法は、ゲノム全域に渡って不均一さが生じる点、決定された配列のカバー率が悪い点、そして配列決定エラー率も比較的大きい点などが問題であった。ハーバード大学のXie教授らは、これらの問題点を改善するために、1細胞からの全ゲノムDNAの増幅技術であるMALBAC法を開発し、昨年論文発表するとともに、今年のAdvances in Genome Biology and Technology Meetingでも発表を行った。今回のGOクラブでは、MALBAC法について紹介する。


MALBAC法の概要と原理


 1細胞から調製した染色体DNAをもとにDNAを増幅する新技術であるMALBAC (Multiple Annealing and Looping-Based Amplification Cycles) の概要を右図にまとめた。

〔セミアンプリコン調製工程〕
 1細胞から調製した染色体2本鎖DNA断片(各断片長:10~100 kb)を94℃で3分間加熱し、1本鎖DNAに解離させる。0℃に急冷した後、MALBACプライマー(35塩基の1本鎖DNA=27塩基の共通配列+8塩基のランダム配列)とBst DNAポリメラーゼを用いて、鎖置換DNA合成反応を行う。続いて、94℃の加熱処理を加えた後、0℃に急冷する。この反応の結果、右図の場合には、n個のセミアンプリコン(5'側にMALBACプライマーの配列を持つ増幅1本鎖DNA)が生成する。

〔フルアンプリコン調製工程〕
 Bst DNAポリメラーゼを追加し、鎖置換DNA合成反応を5サイクル行うが、各反応サイクルにおいて、94℃の加熱処理後は、58℃に温度を低下させる(ルーピング工程)。セミアンプリコンを鋳型として鎖置換DNA合成反応を行うと、新しく合成されたDNAの3'末端側にMALBACプライマーの相補的配列を持つフルアンプリコンが生成する。このフルアンプリコンは、58℃の条件で、MALBACプライマー配列とその相補的配列がアニールしたループ構造を形成し、次の鎖置換DNA合成反応の鋳型とはならない。

〔PCR増幅工程〕
 上記のフルアンプリコン調製工程の各反応サイクルでは、セミアンプリコンと元の染色体DNAのみが鎖置換DNA合成反応の鋳型となり、セミアンプリコンが直線状に増えていくので、フルアンプリコンも直線状に増幅され、mサイクル目に生成するフルアンプリコンの量は、m X n X n個となる。
 このフルアンプリコン調製工程を5サイクル行った結果、蓄積したフルアンプリコンに対して、MALBACプライマーを用いて通常のPCR反応を18サイクル行うことにより、シーケンシング用2本鎖DNAサンプル(サイズ=0.5~1.5 kb; DNA量=μgオーダーで、通常3μg)が得られる。

MALBAC法の性能


 ハーバード大学のXie教授らは、SW480 がん株化細胞を用いて、「従来法であるMDA(Multiple Displacement Amplification)法」および「MALBAC法」を用いて1細胞から全ゲノムDNAを増幅し、SOLiD4およびHiSeq2000を用いてシーケンシングを行うことにより、MDA法MALBAC法の性能比較を行った。対照実験(右表中の「大量の細胞-通常法」)としては、大量のSW480 がん株化細胞から染色体DNAを調製し、シーケンシングを行った。その結果を右表にまとめた。

MALBAC法は、MDA法と比べて、ゲノム全域に渡って均一な増幅が起こるために、決定される配列のゲノムカバー率も向上し、最大93%のカバー率が得られた(上表参照)。上表には結果は示していないが、このシーケンシングの均一性により、CNV (Copy Number Variation) についても、精度高く同定できることも判明した。

SNV (Single Nucleotide Variation) の検出率についても、MDA法と比べて大きく向上している。ただし、False positives、すなわち配列決定エラーについては、かなり高率(~4×10-5)で観察され、その原因はBst DNAポリメラーゼのDNA合成エラーによるものと考えられた。

Xie教授らは、このエラー率を低減させるために、SW480細胞をさらに2個追加して1細胞全ゲノムシーケンシングを行い、塩基の違いが最初の細胞と一致するものを選別したところ、エラー率は、1細胞追加の場合には、10-8となり、2細胞追加の場合には、10-12となった。

MALBAC法の応用

 Xie教授らは、MALBAC法の応用例として、99個の精子細胞の1細胞全ゲノムシーケンシングを行い、合計2368箇所の染色体間の交叉・組換え部位を同定できた。精子1細胞あたりの交叉・組換え部位の数は平均26箇所であった。なお、Stanford大学のQuark教授らも、精子細胞(合計91個)の1細胞全ゲノムシーケンシングにより、染色体が交叉し、組み換えが起こった場所を特定し、1精子あたり、平均23箇所の組換えが起こることを発表している(2012年8月21日のGOクラブ記事参照)。

 MALBAC法は酵素反応の工夫のみで、特殊な機器も必要としないので、広く利用されるようになるであろう。原理的には、すべての生物種の単細胞ゲノムシーケンシングに適用できるであろう。たとえば、培養困難な微生物のシーケンシングに適用した場合、各微生物細胞につき、平均85%の配列が得られるので、各細胞のゲノム構造の概要は把握できるであろう。さらに、同種の微生物細胞について、もう1細胞の全ゲノム配列が得られれば、配列決定エラー率も低減し、計算上は、決定された配列のゲノムカバー率は約98%となる。