2013年2月21日木曜日

日本の次世代シーケンサーベンチャー“Quantum Biosystems”の船出


 「1分子解析技術を基盤とした革新ナノバイオデバイスの開発研究(略称:川合プロジェクト)」の研究成果をもとに、次世代シーケンサーなどの先進医療機器開発を目指すベンチャー企業“Quantum Biosystems”が今年2013年1月7日に設立された。日本では、2006年3月に電子顕微鏡を利用した次世代シーケンシング技術を開発するベンチャー企業「テラベース」が設立され、研究開発活動を続けてきたが、現時点では、次世代シーケンシング技術の開発は中断しているようである。したがって、”Quantum Biosystems”が実質日本唯一の次世代シーケンサー開発ベンチャー企業となる。今回のGOクラブでは、川合プロジェクトで開発している次世代シーケンシング技術を紹介したい。


ゲーティングナノポア法を用いた次世代シーケンシング技術

 川合プロジェクトで開発を進めている次世代シーケンシング技術は、「ゲーティングナノポア法」と呼ばれるが、「ゲーティングナノポア(Gating Nanopore)」の名は、1対のナノ電極の間をDNAが通過するときのトンネル電流の変化を計測することによりDNA/RNAの塩基配列を解読することから、由来している。

シーケンシング工程を下図に示すが、最初に、DNAサンプルを注入した後、ナノ流路を用いて1分子のDNAを分離・抽出する。続いて、微細なナノピラーが林状になった領域をDNAが通ることにより、1分子DNAを伸張させる。次に、ナノ流路を通過させることにより、DNAを直線化して、最後に、直線状の1分子DNAがゲーティングナノポアを通過し、その通過時のトンネル電極を計測することにより、1塩基識別を行う。




Single-Molecule Electrical Random Resequencing

 大阪大学の川合知二教授のグループは、ゲーティングナノポア法を用いて短いDNA/RNA(7塩基まで)を対象として、塩基配列の解読が原理的に可能であることを示した論文“Single-Molecule Electrical Random Resequencing”を、昨年Scientific Reports誌に発表している。

この論文では、DNAの各ヌクレオチド(dAMP、dGMP、dCMP、TTP)とRNAの各ヌクレオチド(rAMP、rGMP、rCMP、UTP)のトンネル電流値(および電気抵抗の逆数=値)が異なるが、電極を通過するときの各ヌクレオチドの配置がばらつくために、電流値も広い範囲の数値になり、各ヌクレオチドの同定には至らないことが示された。さらに、3塩基のオリゴ核酸(1本鎖)や7塩基のRNA(1本鎖)をゲーティングナノポア法で測定したところ、値の分布(ばらつき)が減少した結果、各塩基由来の値も重ならなくなった。その結果、7塩基のRNAの塩基配列の解読が可能になった。ただし、数塩基に由来する配列が断片的に得られたり、RNAが逆行して逆向きの配列データが得られる現象が認めれた。さらに、塩基の同定に関わる計測データレベルで10%程度のエラーも発生している。したがって、塩基配列の解読が可能になったといっても、これらのデータを総合的に解釈して、元の7塩基を推定できたという段階である。

以上、ゲーティングナノポア法は、現時点では7塩基の配列を1分子のDNA/RNAから解読できるレベルには達していないものの、塩基配列解読の可能性は実証されたと言える。この論文では、Cを含んでいない、AとGとUの3種類の塩基から成る連続7塩基配列しか実験していない。Cの値がAの値と近いので、CとAが分離・識別できるかが課題となるかもしれない。DNAではCとAの間の識別がさらに困難なので、DNAの配列解読はより一層むずかしいことが予想される。

「1分子解析技術を基盤とした革新ナノバイオデバイスの開発研究」が目指す実用化像

 「1分子解析技術を基盤とした革新ナノバイオデバイスの開発研究 ―超高速単分子DNAシークエンシング、超低濃度ウイルス検知、極限生体分子モニタニングの実現― 」(略称:川合プロジェクト)は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され、2010年4月から研究がスタートしたが、このプロジェクトでは、1分子解析の対象としては、DNAとRNA以外に、化学物質やウィルス粒子も挙げられている。したがって、その実用化の出口として、「次世代シーケンサーの開発」だけでなく、「極微量呼気診断チップ」や「極低濃度ウィルス検査チップ」の開発も含まれている。

次世代シーケンサーに関しては、トンネル電極という新しい手法を用いているが、Pacific Biosciencesの1分子リアルタイム合成に基づく1分子シーケンシングやOxford Nanoporeのプロテインナノポア・シーケンサーを凌ぐ性能が期待できるかについては、これまでの研究結果だけでは予測がむずかしい。目標としては、「長鎖の1分子DNA」を「精度良く」かつ「短時間で」かつ「安価に」かつ「超並列に」解読することであるが、「長鎖の1分子DNA」を「精度良く」解読するには、解決が容易でない問題が多数存在するであろう。1本鎖DNAを解析対象としているので、長鎖2本鎖DNAの1本鎖への分離の問題、ならびにDNAの2次構造や2本鎖形成などの問題も克服する必要が出てくるかもしれない。

「極微量呼気診断チップ」については、今回紹介した次世代シーケンシング技術との関連性については、ゲーティングナノポア法を用いてヌクレオチドを識別できているので、化学物質を電気的に検出する方法に応用することが想定される。なお、「極微量呼気診断チップ」は2013年1月7日付のGOクラブで紹介した「電子鼻(Electronic Nose)」に相当するものであるが、「電子鼻」は多数の研究組織で開発が進んでおり、新規な概念のデバイスではない。

「極低濃度ウィルス検査チップ」については、ウィルス粒子だけで精度よく病原体の種類を同定することは困難であると思われるので、捕捉したウィルス粒子の遺伝情報やタンパク質に関して詳細な解析が必要になると思われる。