2012年9月13日木曜日

食品由来病原微生物10万種類ゲノムプロジェクトについて

 今年7月12日に、米国のカリフォルニア大学Davis校FDA (Food and Drug Administration) が、食品由来病原微生物10万種類ゲノムプロジェクトを開始することを発表した。「ゲノム情報の一部を利用した遺伝子検査ビジネス」と「ゲノム検査(ゲノム網羅的一斉解析)」を同一視している方もおられるが、両者は異なる概念の検査手法である。今回のGOクラブでは、この発表を題材として、オミックスの意味・意義を説明したうえで、食品由来病原微生物10万種類ゲノムプロジェクトの内容を紹介したい。


オミックス(omics)とは

 GOクラブは、Genaris Omicsクラブの略であり、omicsに関する話題・情報を提供している。オミックス(omics)とは、英語のgenomicsやproteomicsに共通に付加されている接尾辞から由来している語である。オーミクスとも呼ばれるが、GOクラブでは、オミックスと表記する。genomicsとは、genome(ゲノム、全遺伝子の集合体)を対象する学問を意味するように、omicsとは、ゲノム、タンパク質などの生命科学領域のある対象の全要素を研究する学問という意味になる。GOクラブでは、生命の設計図であるゲノム、しかも発展目覚ましい「次世代シーケンサー」の話題を中心に、情報を提供している。

 オミックスは新しい学問であり、その意義は理解しにくいものがあるが、今回の話題である「食品由来病原体10万種類ゲノムプロジェクト」を題材に、オミックスの意味・意義について考えてみたいと思う。

この食品・飲み物は安全か?

 我々は日常的に食品や飲み物を購入して飲食を行っている。それら食品や飲み物が安全だと確認して飲食しているのではなく、信頼できる企業が提供したものだから安心だと考えて飲食している。一方、道端に「ビールのような液体が入ったコップ」があったら、どのようにしてこの液体の安全性を確認できるだろうか? 実は、このような単純な問題に対しても我々は解決する手段を持っていない。

 分析とは、一般に、クロかグレーであるとして、検出対象を予想して手法を選ぶ。検出対象に関する過去の知識データと比較して、目的物を検出できるかどうか調べることになる。一方で、被験サンプルが何であるか、何が入っているかわからない場合には、既存の方法では正解を得ることは不可能である。今回のGOクラブの話題は、10万種類の病原体のゲノム解析の話であるが、10万種類すべての情報が得られた上で、10万種類の有無を検査できなければ、被験サンプル中の病原体の有無は判定できないことがわかる。

 この網羅的一斉解析技術は患者の診断にも応用できる。ある患者が具合が悪くなり、病原体の有無を検査したいニーズが発生した場合、核酸の網羅的一斉解析を行い、10万種類の病原体の有無を調べれば、複数種の病原体があった場合でも、病原体検査を迅速かつ確実に行える。

米国の食品由来病原微生物10万種類ゲノムプロジェクトの内容

 さて、本題の「食品由来病原微生物10万種類ゲノムプロジェクト」であるが、このプロジェクトの推進の目的と意義は上述の説明からご理解いただけたと思う。

米国のカリフォルニア大学Davis校FDA (Food and Drug Administration)  は、今年7月12日に、同校の獣医学部の教授であるBart Weimer教授をリーダーとして、Agilent Technologies Inc. とCDC (the Centers for Disease Control and Prevention) の協力のもと、5年間で10万種類の感染性病原微生物のゲノム配列を解明し、これら微生物の迅速検査技術の開発を行うことを発表した。シーケンシングは、同校が新しく開設した BGI (Beijing Genomics Institute) と共同で設置する新しいシーケンシングセンター“BGI@UC Davis genome sequencing facility” において、10台のIllumina HiSeq2000シーケンサーを用いて行われる。全病原微生物のゲノム情報は最終的に公開されるが、米国だけでなく、中国も早期に手に入れられることを意味する。我が国は益々世界から引き離される感がする。

ゲノムシーケンシングの対象となる10万種類の感染性病原微生物については、細菌・カビなどの微生物とウィルスであるが、各々の数については公表されていない。なお、FDAは、すでにサルモネラ菌については500種類以上のドラフトゲノム配列を決定している。

米国では、食品由来病原微生物に感染して病気になる人が1年間で4800万人発生し、約3000人も亡くなっているので、食の安全は社会的に大きな問題である。また、今回の食品由来病原微生物10万種類ゲノムプロジェクトは、食の安全のみならず、医療や飲食店業界での病原体検査にも役立つであろう。

最近米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)が、民間調査機関であるBattelle Technology Partnership Practiceの調査結果をもとに、「米国政府が1988~2010年の間に公的資金を投じたゲノム研究の成果が、796億ドル(約6兆3000億円)の経済効果をもたらし、また1990~2003年の間にヒトゲノムプロジェクトに投じた3.8億ドル(300億円)の公的研究資金は約141倍の投資効果(約4兆2000億円)を生んだ」ことを発表した。この病原微生物10万種類ゲノムプロジェクトでも、Agilent Technologiesなどが優位に利用してビジネスを発展させるだけなく、その成果は世界にも波及し、最終的に米国に富が集まることになるだろう。