2012年8月21日火曜日

マイクロ流路技術を用いた1細胞分離とゲノムシーケンシング

 今年6月26日付のGOクラブで1細胞解析の意義について紹介したが、Stanford大学のQuark教授らがマイクロ流路技術を用いてヒト精子を1細胞ずつ分離し、同一男性由来の計91個の精子の全ゲノム配列決定を行った研究成果が7月20日付のCell誌に発表された。今後もマイクロ流路技術を用いた単細胞分離とゲノム解析/RNA解析の研究報告が多くなるだろう。前回のGOクラブでは、1分子DNA解析に利用できるRainDance Technologies(RainDance社と略す)の新しいDigital PCR機器を紹介したが、今回のGOクラブでは、同じRainDanceが開発を進めている1細胞分離技術について紹介する。また、GigaGen, Inc.もMicrofluidics技術を用いた1細胞分離技術の開発を進めているので、GigaGenの取り込みについても紹介したい。


Stanford大学によるヒト単精子細胞の全ゲノムシーケンシング

 上述のように、Stanford大学のQuark教授らはマイクロ流路技術を用いて分離した計91個の精子の全ゲノム解析の研究成果を最近発表したが、その研究成果の概要を紹介する。

 Stanford大学のQuark教授らのグループは、大学内にマイクロ流路チップを製造できる設備を保有しており、単細胞分離用のマイクロ流路チップを設計し、製造した。このチップを用いて、健康な40才の男性から採取した精子を1細胞ずつ分離し、合計91個の精子のゲノムDNAを調製した後、MDA (Multiple Displacement Amplification) 法を用いて増幅し、各精子細胞ごとにIllumina HiSeq2000シーケンサーを用いて全ゲノムシーケンシングを行った。

 精子、すなわちハプロイド・ゲノムの配列解析によりわかることは、まず両親から由来した染色体が交叉し、組み換えが起こった場所を特定できることである。今回の解析の結果、1精子あたり、平均23箇所の組換えが起こっていること、さらにテロメアに近いほど組換え頻度が高くなることが判明した。

 6月26日付のGOクラブでは、1細胞レベルのゲノムシーケンシング解析により、各個人のゲノム配列は1通りでなく、細胞ごとに異なる場合があることを予見したが、今回の精子ゲノムのシーケンシングにより、この予見通り、各精子のゲノム配列は、この男性の体細胞ゲノム配列と比べると、1精子ゲノムあたり25~36個の新しい変異が生じるという現象が見いだされた。

マイクロ流路を用いたRainDanceの1細胞分離技術

 RainDanceは、自社開発技術であるRainStorm Droplet-Based Microfluidics技術を用いて、単細胞分離を行い、各細胞のゲノムシーケンシングや転写産物解析を行えるプラットフォームの開発を進めている。本プラットフォームの概要は、すでに、2010年のAmerican Association of Cancer Research (AACR) で発表しており、応用例としては、ガン細胞の単細胞分離とPCRベースで増幅したDNAの分析について開示している。

 細胞や試薬類は、微小液滴としてマイクロ流路内で比較的容易に分離できるが、異なる液滴を融合する段階は工夫が必要となる。RainDanceは、下図に示すように、細胞の液滴と試薬の液滴を電位差をかけることにより融合できるデバイスを開発している。なお、単細胞分離用のマイクロ流路デバイスの市販については、まだ発表がない。


GigaGenが開発を進める1細胞分離技術

 GigaGenは、対象を免疫分野に絞って、マイクロ流路技術、次世代シーケンシングおよびバイオインフォマティクス技術を組み合わせることにより、各個人の免疫状態をモニタリングするサービスの開発を行っているベンチャー企業である。具体的には、T細胞やB細胞を1細胞ずつ分離し、個々の細胞のT細胞受容体やB細胞受容体のシーケンシングやTranscriptome解析などを行うことにより、各個人から膨大な数の免疫細胞の状態を明らかにし、免疫関連疾患の診断や治療に役立てることを目指している。

 GigaGenは、単細胞分離に利用するマイクロ流路チップについて、マイクロ流路技術の世界的リーダーである英国のDolomiteと共同で開発を進めていることを発表している。GigaGenの「売り」は、2種の液滴(たとえば、細胞と試薬)を融合させる際に、RainDanceのように電位差をかけるなどの装置を必要とせずに、流路の工夫だけで2種の液滴を単純に融合できる点である。この工夫により、ガラス製のマイクロ流路チップは小さく(15mm x 22.5mm)、安価になる。GigaGenが開発を進めているDroplet Merger Chipの原理を下図にまとめた。