2012年4月25日水曜日

Quantaporeが開発を進めるNanopore Energy Transfer Sequencing技術

 前回のGOクラブで、シリコンバレーで活動しているQuantapore Inc. (Quantaporeと略す)を紹介したが、今回のGOクラブでは、Quantaporeが開発を進めているナノポアシーケンシング技術であるNanopore Energy Transfer Sequencing(NET シーケンシング)技術の概要について紹介する。また、第1世代シーケンシング技術であるサンガー法の将来についても考察してみたい。


NET シーケンシング技術の概要

 Quantaporeは2009年に設立され、2010年に70万ドルの資金を得て研究開発を加速化させている。Quantapore はNET シーケンシング技術の内容について公表していないので、2011年4月7日に開示されたQuantaporeの特許PCT/US2010/034809(名称:Ultrafast Sequencing of Biological Polymers Using a Labeled Nanopore)をもとに、本技術の概要を紹介する。
NET シーケンシング技術は、右図に示すように、塩基を色素でラベルした1本鎖DNAが、Quantum dotが付加されたナノポアを通る際に、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)により発生される蛍光を検出して塩基配列を読み取る技術である。ナノポアの上下に電圧をかけることによって、DNAをナノポアに通す。本特許には、種々の形態のナノポアとDNAラベル化の例が開示されているが、その典型例を右図に示した。(光を照らして)Quantum dot(ドナーラベル)を励起した場合、Quantum dotの近傍にアクセプター色素があると、エネルギーがQuantum dotから色素に転移し、その色素から発せられる蛍光を検出するという原理で、塩基配列が決定される。本技術は、ナノポアからDNA上の色素にエネルギーが転移するという現象に基づいていることから、「NET シーケンシング」という名前が付けられた。

 DNA上の4種類の塩基すべてをラベル化し、4種類の塩基それぞれに異なる波長の蛍光を発生させて一度に塩基配列を決定できることが理想的であるが、特許にはこのような仮想例以外に、各塩基のみ(たとえばG塩基)ラベル化して、G塩基の位置だけを読み取る仮想例も開示されている。この場合、4種類の塩基を別々にラベル化した後にまとめてシーケンシングを行い、4種類の塩基のデータを合わせることにより、元の配列を再現する例が開示されている。さらに、G、A、T、Cのラベル化に加えて、GとA、GとT、GとC、AとT、AとC、TとCの同時ラベルを行う、すなわち10種類のラベル化を行うことにより、配列決定の精度を上げる例が開示されている。本特許では実施例がないので、実際にどの方法で配列が決定できるかについてはわからないが、このような記載例から、DNA上の4種類の塩基すべてをラベル化してシーケンシングすることは(現時点では)困難であると想像される。

 ナノポアへのQuantum dotの付加についても種々の仮想例が記載されているが、タンパク質ポアの表面のアミノ基とイオン結合を形成させることにより、ナノポアの底に結合させる仕組みが有力と思われる。具体例としては、CdTe Quantum dotの表面をカルボキシル基で修飾し、α-hemolysinポアのLys-131のアミノ基との間でイオン結合を形成させることによりQuantum dotをナノポアに付加させる。この結合は不安定である可能性があり、さらにクロスリンカーで結合させる例も開示されている。上図には2種類のQuantum dotsを付加する例を示したが、複数種のQuantum dotsを用いると一度に複数種の波長の蛍光を発することができるという利点がある。

想定される利点と欠点

 Oxford NanoporeやGeniaのナノポアシーケンシング法を用いると、DNAをラベルしなくても直接塩基配列が読み取れるが、NET シーケンシング法はDNAのラベル化という前処理が必要である点、さらに複数本のDNAのデータを統合しないと塩基配列が解読できないことが欠点であると思われる。ナノポアシーケンシングでは、DNAがナノポアを通過する速度が速すぎて精度高く配列を読み取れないことが問題であった。Oxford NanoporeではDNAポリメラーゼを用いてDNAのポア通過速度を制御することにより、この問題を解決した。また、GeniaはDNA移動速度を電気的に制御できる技術を開発している。一方、NET シーケンシングではこの問題をどのように解決しようとしているか不明であるが、FRETを用いるとDNA通過速度が速くても精度高く塩基配列が読み取れる可能性があるかもしれない。
 NET シーケンシングにおけるDNAのラベル化は欠点であるが、逆に利点にもなりうる。たとえば、ユーザがサンプル中の特定種のDNAのみの配列、あるいはDNAの特定領域の配列を知りたいときには、DNAのラベル化は有効であろう。

サンガーシーケンシング法の将来

 QuantaporeのNET シーケンシング法は、サンガーシーケンシング法とは原理は異なるが、比較的似ていると感じた。今年2月21日掲載のGOクラブでは、「将来は、サンガーシーケンサーとナノポアシーケンサーが広く使われる時代となると予測する。」と述べたが、NET シーケンシングの仕組みや最近のGnuBIOの発表などを考察すると、サンガーシーケンサーは次第に利用されなくなる可能性が高いと感じた。GnuBIOのシーケンサーの場合には、サンガーシーケンシングより長いリード長で精度高く解読でき、しかもコストも安価になると予想される。事実GnuBIOはサンガーシーケンシングの市場を置き換えていくと発表している。NET シーケンシングでも、DNAポリメラーゼを用いてラベル化するときに、バーコードを付加することにより、多数のDNAの配列を一度に決定できるので、サンガーシーケンシングを置換できることは容易に想像できる。