2011年8月23日火曜日

Complete Genomicsの次世代シーケンシング技術とは

 Complete Genomicsは、次世代シーケンサー開発企業としては珍しく、開発したシーケンサーは販売せずに、自社のみに設置し、個人ゲノム 配列決定&解析の受託サービスに特化したベンチャー企業である。2010年11月にNASDAQに上場した後、今年の第1四半期は売上も伸び、順調に株価 が上がった。ところが、8月3日に第2四半期の業績を発表したところ、受注は順調に増えているにもかからわず、株価が暴落してしまった(6月の株価は$17で、今回$15から$7.6に下がった)。今回は、Complete Genomicsの次世代シーケンシング技術を紹介するとともに、株価暴落の背景について考察してみたい。


Complete Genomicsの次世代シーケンシング技術の概要

Complete Genomicsのシーケンシング法(combinatorial Probe Anchor Ligation; cPAL) は、SOLiDシーケンサーと同じ「合成DNAを用いるライゲーション法」を用いている。SOLiDと異なる点は、鋳型DNAにハイブリさせる合成DNAのミスマッチ部位がSOLiDの場合2 bp (16通り) であるのに対して、cPAL法は1 bp (14通り)である点である。Ligation法を使うために1度に読む配列長を長くできないこともあり、1つの鋳型DNA内に4つのアダプターDNAを挿入して、計8ヶ所のアダプターサイトから10 bpずつ配列を読んでいる。
4つのアダプターDNAを挿入するために、DNAライブラリー作製法は特殊である。まず、染色体DNAを断片化した後、両末端にアダプターDNAを結合させて、さらにtype II制限酵素とライゲーションの繰り返しにより、合計4ヶ所にアダプターDNAが挿入された環状DNAのライブラリーを作製する。なお、両末端にアダプターDNAが結合しているので、すべてがMate-pair Libraryになり、かつ両末端から31~35 bpずつ(合計62~70 bp)の配列が読めることになる。環状DNAライブラリーはPhi29 polymeraseによるRolling Circle Amplificationによって増幅され、各分子がちょうどボール状 (DNA nanoballと呼ぶ) になる。このDNA nanoballを、微小な穴 (直径300 nm)が格子状に整列したシリコンスライド (25 mm × 75 mm) に並べた後、cPAL反応を行い、4種類の蛍光ラベルを検出して塩基配列を読み取る。
現時点で、1つのスライドにDNA nanoballを28億個まで並べることができるので、1つのスライドで、1人の個人全ゲノム配列決定を行えるデータ量に匹敵する180 Gbの配列データが得られる。

シーケンシング精度とシーケンシングに要する時間

シーケンシング精度は、Complete Genomicsが発表したScience誌の論文に掲載されたデータによると、冗長度87倍で配列を読んだ後のコンセンサス配列レベルで、約99.999%となっている。
上述のライブラリー作製・シーケンシング反応工程から予想されることであるが、シーケンシングに要する時間は長く、受託サービスの納期は約70日であると発表されている。したがって、研究用途には利用できるが、POC (Point-of-Care)用途に用いることは困難である。
以上、Complete Genomicsのシーケンシング技術は比較的精度も高く、またヒトゲノムに特化している点で特長があるが、Rolling Circle Amplification法でライブラリーを作製することから、配列決定のバイアスが出やすい点、およびリード長が35 bpと短い点は欠点と思われる。

Complete Genomicsのビジネス

Complete Genomicsは、個人ゲノム解析に特化し、最初に100万人のヒトゲノムの配列を決定するという目標を掲げて、多くの投資家に注目されているベン チャー企業である。今回株価が暴落した要因は、昨年の第2四半期の売上、経費、利益がそれぞれ1.1百万ドル、12.9百万ドル、12.6百万ドルの赤字であったのに対して、今年の第2四半期の売上は5.9百万ドルと5倍以上になったのにもかからわず、逆に利益が減り、赤字が16.0百万ドルになったこと によると思われる。第2四半期の損益計算書を見ると、売上高が5,865千ドル、売上原価が6,122千ドルであり、売上利益段階ですでに赤字になっている。さらに、研究開発費8,028千ドル、一般管理費3,468千ドル、販売費3,138千ドルの経費がかかっているので、大きな赤字が生じている。
当社もシーケンシングサービスを提供しているが、Complete Genomicsがこのような原価割れのサービスを続けて大丈夫なのかと気になるところである。次世代シーケンサーの競争も激しいものがあるが、Complete Genomicsは、今後も新しい次世代シーケンサーも続々と登場する中、どのようなビジネス戦略で勝者になろうとしているのだろうか? 現在でも多額の資金 (3ヶ月あたり約6.2億円) を研究開発に投じていることから、今後シーケンシング技術が大きく改善されることを期待したい。