2016年4月22日金曜日

マイクロバイオーム・ビジネス(1):腸内微生物叢に着目した疾病治療を目指すベンチャー

 最近、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が主導するマイクロバイオーム(微生物叢)に関する新規研究開発プロジェクトの公募やマイクロバイオーム関連の新しいベンチャーの設立など、日本でマイクロバイオームに関わる話題が急に増えている。世界では多数のマイクロバイオーム関連のベンチャー企業が活動しているが、GOクラブでは、マイクロバイオーム関連ビジネスに関わる世界と日本の動向を3回に渡るシリーズ記事として紹介したい。


マイクロバイオームに着目したビジネス

  GOクラブでは、以前にもマイクロバイオームに着目したビジネスについて4回に渡るシリーズ記事として紹介した。それぞれ、「メタゲノム・ビジネス(1):メタゲノムをいかにビジネスに結びつけるか」、「メタゲノム・ビジネス(2): ヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業の紹介」、「メタゲノム・ビジネス(3):uBiomeが推進する市民科学」および「メタゲノム・ビジネス(4):マイクロバイオーム解析企業uBiomeの興味深い資金調達法」と題して配信したが、欧米のベンチャー企業の活動を見ると、多くがマイクロバイオームの応用として「疾病治療」に向かっている。マイクロバイオームに着目した疾病治療薬の開発を目指すマイクロバイオーム・ベンチャー企業については、「メタゲノム・ビジネス(2)」でも紹介したが、このタイプのベンチャー企業の数が非常に多くなってきており、今回の記事では合計27社のベンチャー企業の概要を以下にまとめる。

腸内微生物叢に着目した疾病治療薬の開発を目指す欧米のベンチャー企業

 企業名  本社所在地
       /設立年
 治療薬・治療法         特徴
 Osel Inc. Mountain View, CA
  /1996年
 生菌の投与 「細菌性膣炎や尿路感染症を治療するための生きた乳酸菌Lactobacillusの接種」および「抗生物質投与に伴う下痢やClostridium difficile感染症に対するClostridium butyricumの経口投与による治療」などの開発を進めている。
 Ritter Pharmaceuticals, Inc. Los Angeles, CA
  /2004年
 腸内の善玉菌の増加を促す製剤 乳糖不耐症を緩和するサプリメントLactagen(乳酸菌やフルクトオリゴ糖などを含有する)を販売していたが、本製品の薬理効果が腸内微生物叢の調整によるものであることがわかり、乳糖不耐症の治療薬としての開発を進めている。なお、治療薬開発を進めるにあたり、Lactagenのサプリメントとしての販売を停止している。
 AvidBiotics Corp. South San Francisco, CA
  /2005年
 改良型抗菌性タンパク質 細菌類が産生する抗菌性タンパク質であるバクテリオシン(Bacteriocin)に着目し、疾病発症に関与する病原菌を殺す活性が発現するようにバクテリオシンを改良して、感染症を治すことを目指している。
 OxThera AB Stockholm, Sweden
  /2005年
 生菌の投与 腸内の内生シュウ酸塩を除去できる細菌Oxalobacter formigenesを着目し、その凍結乾燥物を経口投与することにより、高シュウ酸尿症を治療することを目指している。
 ActoGeniX (Intrexon Corpに買収された) Ghent, Belgium
  /2006年
 治療用タンパク質生産乳酸菌の投与 ベルギーのベンチャー企業であるActoGeniXは、サイトカイン、酵素、ホルモンなどを分泌生産できるように改良した乳酸菌の開発を進めてきたが、2015年に上場企業Intrexon Corpにより買収された。Intrexon Corpがこの乳酸菌製剤の開発を継続している。
 GT Biologics (4D Pharma Plcに買収された) Aberdeen, UK
  /2008年
 生菌の投与 GT Biologicsは生きたBacteroides thetaiotaomicron菌をクローン病に罹患した若年患者に投与し、治療することを目指している。その他、炎症性腸疾患(IBD)の治療用細菌製剤の開発も進めている。4D Pharma PlcがGT Biologicsを2015年に買収し、これらの細菌製剤の開発を継続している。
 Second Genome, Inc. San Francisco, CA
  /2009年
 低分子化合物 腸内微生物叢が関与する現象に着目して、炎症性腸疾患(IBD)の炎症と痛みを緩和する低分子治療薬を発見し、臨床治験に向けた開発を進めている。また、潰瘍性大腸炎の治療薬の開発でJanssen Biotech と提携している。
 Enterologics, Inc. St. Paul, MN
  /2009年
 生菌の投与 慢性回腸嚢炎の治療に役立つ細菌としてEscherichia coli M1を発見し、プロバイオティクス(人体に良い影響を与える微生物;善玉菌)の製剤としてFDAの認可を得るべく、開発を進めている。その他、腸内細菌を用いて炎症性腸疾患、クローン病、潰瘍性大腸炎、クロストリジウム・ディフィシル菌感染症などの腸疾患を治療することを目指している。
 Seres Therapeutics, Inc. (旧Seres Health, Inc.) Cambridge, MA
  /2010年
 細菌胞子の投与 Clostridium difficile感染症の治療に用いる 細菌胞子を含むカプセル薬SER-109の開発を進めている。SER-109はフェーズ3試験に入っており、開発ステージが最も進んでいるベンチャー企業といえる。昨年(2015年に)NASDAQに株式上場を果たしている。
 ViThera Pharmaceuticals, Inc. Cambridge, MA
  /2010年
 治療用タンパク質生産乳酸菌の投与 炎症性腸疾患の治療に効果があるタンパク質を発現する乳酸菌を創製し、このプロバイオティクスの臨床試験入りを目指している。
 Vedanta Biosciences Inc. Boston, MA
  /2010年
 免疫細胞に影響を与える生菌の投与 制御性T細胞に影響を与える細菌群やTh17細胞(ヘルパーT細胞の一種)を活性化する細菌群を同定し、これら細菌群を癌や感染症の治療やワクチン設計に活かすことを目指している。
 Elcelyx Therapeutics, Inc. San Diego, CA
  /2010年
 メトフォルミンの徐放性製剤 メトフォルミンは2型糖尿病の治療薬として用いられているが、Elcelyx Therapeuticsはメトフォルミンの徐放性製剤の開発を進めている。メトフォルミンは、腸内微生物叢に影響を与えて、疾病治療にプラスの効果をもたらす可能性が示唆されていることから、最近腸内微生物叢に影響を与えることで注目されている。
 Evolve BioSystems, Inc. San Francisco, CA
  /2011年
 生菌の経口投与 健康な新生児の健康維持に関わっている腸内微生物叢に着目したプロバイオティクスの開発を推進している。
 Rebiotix Inc. Rockville, MN
  /2011年
 腸内微生物叢製剤の経口投与 再発性クロストリジウム感染症に対して、健常人の糞便を患者の肛門から移植する治療が著効を示すことが明らかになった。この現象に基づき、健常人由来の腸内微生物叢の製剤を再発性クロストリジウム感染症の治療薬候補として開発し、現在フェーズ2の臨床試験を行っている。
 Optibiotix Health plc York, UK
  /2012年
 生菌の経口投与または低分子化合物 腸内微生物叢との相互採用によりヒト代謝系に影響を与え、疾病治療を促す微生物を同定するプラットフォーム技術(Optiscreen)および腸内微生物叢を調整する新規薬物を探索するプラットフォーム技術(OptiBiotics)を保有している。これらの技術を活用して、脂質・コレステロールのレベル、エネルギー獲得または食欲抑制に影響を与えるマイクロバイオーム調整薬(生菌または低分子医薬品)の開発を推進している。
 OmniBiome, Inc. San Diego, CA
  /2012年
 治療薬(詳細は不明)の投与 母親と乳児に関わる疾病の治療に関して、膣、乳腺および口腔の細菌叢が全身に及ぼす影響を考慮した診断法と治療薬の開発を推進している。
 CIPAC Limited Minnesota州, USA
  /2012年
 腸内微生物叢製剤の経口投与 再発性クロストリジウム感染症を治療するための生きた腸内細菌製剤をミネソタ大学が開発した。この製剤について治療薬としての認可を得るために、CIPAC Limitedが設立され、開発が続けられている。
 Symberix, Inc. Durham, NC
  /2012年
 低分子化合物の経口投与 ある種の抗がん剤の毒性が腸内細菌の酵素によって生じる代謝物に由来するケースが知られていることに着目している。この代謝酵素を低分子化合物により阻害することにより、抗がん剤の副作用を軽減することを目指している。
 Symbiotic Health, Inc. New York, NY
  /2013年
 生菌の経口投与 生菌や細菌のタンパク質を利用して、薬物を腸内の目的の部位に運ぶ技術を開発した。まず、この技術を利用して再発性クロストリジウム感染症を治療することを目指している。
 Symbiotix Biotherapies, Inc. Boston, MA
  /2013年
 微生物由来の分子に基づく新規薬物の経口投与 腸内微生物叢から由来する分子に基づいて新規医薬品の開発を目指している。具体的な医薬品の候補としては、経口投与可能な新規多糖である。この多糖は炎症部位でサイトカインIL-10を分泌する制御性T細胞の生成を促す作用を有しており、この多糖製剤を免疫疾患治療薬としての開発を進めている。
 EpiBiome, Inc. South San Francisco, CA
  /2013年
 バクテリオファージの投与 ヒト感染症や農業における植物の病原菌感染に対して、従来の抗生物質でなく、細菌を溶菌させるバクテリオファージの投与により、これら感染症を治療することを目指している。
 Synlogic, Inc. Cambridge, MA
  /2013年
 改良型生菌の経口投与 腸内細菌をもとに疾病に伴う代謝異常を修復する機能を発揮するように改良した改良型細菌の開発を進めている。
 MicroBiome Therapeutics, LLCBroomfield, CO
  /2013年
 メトフォルミンの剤形改良薬 上記のElcelyx Therapeutics, Inc.と同様に、2型糖尿病治療薬メトフォルミンの剤形を改良した医薬品NM-505の開発を進めている。
 Alma Bio Therapeutics SAS Lyon, RA, France
  /2013年
 新しい薬物? 免疫系細胞ネットワークに働きかけて、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患を治療するための新しい薬物の開発を進めている。
 Eligo Bioscience SAS Paris, France
  /2014年
 改良型バクテリオファージの投与 ゲノム編集技術を用いて病原菌を溶菌させるバクテリオファージを改良し、感染症を治療することを目指している。
 Elevo Biosciences Cambridge, MA
  /2015年
 生菌の経口投与 癌の微生物叢に着目して、細菌による癌免疫活性化を促す治療法を開発している。
 Miomics
Bio-Therapeutics LLC
 New York, NY
  /不明
 生菌の経口投与? 上記のVedanta Bioscience Inc.と同様に、Th17細胞(ヘルパーT細胞の一種)の活性を抑制して、関節炎リウマチを治療することを目指している。

欧米ベンチャー企業の戦略に関する考察

 マイクロバイオーム研究が注目されるようになった大きな理由は、微生物叢の網羅的ゲノム解析(メタゲノム解析)の応用研究の進展であろう。以前のGOクラブでも紹介したが、ヒト全ゲノム解読を成し遂げたJ. Craig Venterが、2003年に海洋微生物のメタゲノム解析プロジェクト“Global Ocean Sampling Expedition”を実施し、その成果を2004年に発表した。この発表がきっかけとなって、腸内微生物叢などのメタゲノム解析研究が盛んになり、主に腸内微生物叢に着目した疾病治療薬の開発が進んでいる。そして、今回のGOクラブでも紹介したように、数多くのマイクロバイオーム関連治療薬の上市も近づいている。次回のGOクラブでは、腸内微生物叢に着目した疾病治療薬の開発以外の領域、たとえば疾病診断、皮膚の微生物叢に着目した化粧品や治療薬の開発、植物領域のマイクロバイオームに着目した農業分野への応用といった分野でビジネス展開を図っている欧米のベンチャー企業を紹介したい。