2016年2月24日水曜日

Illumina、新しい半導体シーケンサーの開発成功を発表!

 Illuminaは、今年のJ.P. Morgan Healthcare Conferenceで、Fireflyプロジェクトと名付けた「新しい半導体シーケンサー」を開発し、2017年の後半に発売する予定であることを発表した。さらに、Illuminaは、Advances in Genome Biology and Technology (AGBT) 2016で、この新しい半導体シーケンサーに関してより詳細な情報を発表した。今回のGOクラブでは、Illuminaの新しい半導体シーケンサーの概要と開発経緯を紹介したい。


Fireflyプロジェクトに至る次世代シーケンシング(NGS)技術の開発の歴史

 (1) Pyrosequencing技術をベースとするシーケンサー(Pyrosequencer)の開発
 Pyrosequencingは、「(a) 1本鎖の被験DNAを鋳型としてDNAポリメラーゼを用いて4種類のヌクレオチドを順次取り込ませることにより逐次DNAを合成させ、(b) そのヌクレオチドの取り込み時に放出されるピロリン酸をもとに酵素を用いて蛍光を発生させる。(c) その蛍光をCCDカメラで検出することにより塩基配列を決定する。」という原理の技術である。なお、後述するIon Torrent Systemsの半導体シーケンサーでは、(b) (c) の工程はヌクレオチドの取り込みにより放出される水素イオンによるpH変化をCMOS型センサーにより検出することにより塩基配列を決定しており、Pyrosequencingとは異なる技術を用いている。
 Pyrosequencer技術は、スウェーデン・ストックホルムのRoyal Institute of Technologyで研究を行っていたMostafa Ronaghi氏とPal Nyren氏により開発されたものである。初期のPyrosequencerの開発はスウェーデンのベンチャー企業であるPyrosequencing ABによって行われ、その後の開発はBiotage ABに引き継がれた。当時のPyrosequencerは96ウェルのマイクロプレートを用いてシーケンシングを行う機器であり、次世代シーケンサーに該当するような性能を有していなかった。
(2) Roche-454シーケンサーの開発と発売
 Roche-454シーケンサーはPyrosequencing技術を利用している。Roche-454シーケンサーは、CuraGen CorporationのJonathan Rothberg氏によって開発され、さらにその子会社454 Corporationで実用化されたものである。Roche-454シーケンサーでは、光ファイバーケーブルを束ねて輪切りにした構造を持つミニチュア化マイクロプレート(Pico TiterPlate)を用いてPyrosequencing反応を行うところに特徴がある。各ウェルでのDNA合成反応に伴って発せられる蛍光をCCDカメラより検出することにより、塩基配列データを取得している。なお、鋳型DNAの増幅にはエマルジョンPCR法という新しい方法が開発・利用されている。最初に(2005年10月に)発売されたシーケンサーGS20は、1回のランで、リード長100 bpで約20万リードの配列データ(約20 Mb)が得られたことから、この機種は最初に市販された次世代シーケンサーとなった。
(3) Pyrosequencerのミニチュア化の試み
 Pyrosequencing技術を発明したRonaghi氏はStanford大学に移った後、Pyrosequencerのミニチュア化(半導体Pyrosequencer)に関する研究を始めた。彼が推進した研究開発プロジェクトは、米国National Human Genome Research Institute(NHGRI)のNGS技術の研究グラントである"Advanced Sequencing Technology Awards 2004"に採択されており、そのプロジェクトの概要はNHGRIのウェブページで公表されている。ところで、IlluminaのFireflyプロジェクトで開発した半導体シーケンサー(以下、「Firefly半導体シーケンサー」という)はDNA合成過程で発する蛍光を検出するCMOSセンサーであるが、このCMOSセンサーの開発はこのStanford大学のプロジェクトに端を発している。
(4) IlluminaによるAvantome, Inc.の買収
 Ronaghi氏は2008年2月にAvantome, Inc. (Avantome) を設立し、上記のPyrosequencerのミニチュア化プロジェクトを継続した。Avantomeは2008年8月1日にIlluminaによって25百万ドル(最大60百万ドル)で買収された。そして、その直後の8月20日には、Avantomeから引き継いだプロジェクトが米国NHGRIの"Advanced Sequencing Technology Awards 2008"に採択されている。このプロジェクトの概要は、NHGRIのウェブページに、「2百万個のナノウェルを持つCMOSセンサーチップを開発し、このチップを16個をセットしたPyrosequencer(塩基配列出力10 Gb)を開発することを目指す」と記載されている。なお、Ronaghi氏は、IlluminaによるAvantomeの買収時に、IlluminaのCTO兼SVP (Senior Vice President) に就任している
(5) Ion Torrent Systemsの半導体シーケンサー
 以前のGOクラブでも紹介したが、上述したIlluminaの半導体Pyrosequencerの開発と重なる時期に、Jonathan Rothberg氏(Roche-454シーケンサーの開発者)がIon Torrent Systemsを設立し、pHセンシングをベースとするCMOS型半導体シーケンサーの開発を進めた。そして、Rothberg氏は、2010年のAdvances in Genome Biology and Technology (AGBT) で半導体シーケンサーの開発の成功について衝撃的な発表を行った。Ion Torrent Systemsの半導体シーケンサーは、Avantomeの半導体Pyrosequencerの蛍光検出とは異なり、DNA合成のヌクレオチド取り込み時に放出される水素イオンに伴うpH変化をCMOSセンサーで検出している。このpHセンシング用のCMOS技術は、DNA Electronics Ltdが開発したもので、Ion Torrent SystemsはDNA Electronics Ltdからの技術導入を受けて半導体シーケンサーを完成させた。
(6) IlluminaのFireflyプロジェクト
 Jay Flatley氏のAGBT2016での発表によると、IlluminaのFirefly半導体シーケンサーに関しては、AvantomeではDNA増幅にエマルジョンPCRを用いていたが、Illuminaの自社技術であるBridge AmplificationをDNA増幅に利用したらしい。さらに、シーケンシング方法もPyrosequecingでなく、Illuminaの自社技術であるSBS (Sequencing by Synthesis) 法を適用したことを明らかにした。

Firefly半導体シーケンサーのシーケンシング原理

  Jay Flatley氏のAGBT2016での発表から、Firefly半導体シーケンサーのシーケンシング原理をGOクラブの推測も交えてまとめると、次のようになる。
(1) シーケンシングに使うCMOSチップは、百万個以上のナノウェルを持ち、各ウェルに1分子由来の被験DNAをBridge Amplification法により増幅できる。また、各ウェルには蛍光検出用のフォトダイオードが設置されている。
(2) 増幅DNAをもとにSBS法でDNAを合成し、そのDNA合成時に発せられる蛍光は各ウェル独立に検出できる。
(3) 現在利用できるIlluminaシーケンサーではSBS法で利用する蛍光色素は4色または2色であるが、CMOSセンサーを利用するためには、用いる蛍光色素は1種類にする必要がある。そのため、1つの塩基を決めるのに、2回の反応を行う。1回目の反応は、蛍光ラベルしたAとTのヌクレオチドを用いて合成反応を行う。この反応では、AとTのみ蛍光を発する。2回目の反応では、Aから蛍光色素を遊離させ、その蛍光色素をCに結合させる。この反応により、TとCのみが蛍光を発する。したがって、1回目と2回目で光る場合にはT、1回目のみ光る場合にはA、2回目のみ光る場合にはC、1回目と2回目も光らない場合にはGと、1つの塩基が決定される。連続した塩基配列の決定手法は、従来のIlluminaシーケンサーのSBS法で利用されている手法と同じである。

Firefly半導体シーケンサーの概要と想定される用途

  2017年後半に発売を予定しているFirefly半導体シーケンサーの概要は次のとおりである。

 「ライブラリー調製モジュール」と「CMOSチップを含むシーケンシングモジュール」の2つのモジュールからなる機器で、機器の体積は約1立方フィート(30×30×30cmの体積に相当)である。ライブラリー調製モジュールは、Illuminaの発売済みの機器であるNeoPrepに利用しているマイクロ流路技術が利用されている。このモジュールを用いると1回で8個のライブラリーを3.5時間で調製することができる。各ライブラリーはシーケンシング・カートリッジに移送し、3.5~13時間でシーケンシング反応が行われる。これらの反応はiPadを用いて制御することができる。
 発表されたスペックとして、2×150 bpのペアエンドリードで、各リードあたり99%の精度で塩基配列を決定できる。この精度は、Illuminaが発売しているHiSeq Xと同等である。1チップあたりの塩基出力量は1 Gbであり、用途としては、ターゲットシーケンシングや病原菌の検出が適している。機器本体の予価は3万ドルであり、1サンプルあたりの解析コストは100ドルと発表された。
 以上の発表内容から、まず3.5時間で8個のライブラリーを作製できるという性能はシーケンシングモジュールとの整合性を考えるとオーバースペックのように思える。したがって、次のアップグレードとして1 Gbチップを8個分装着することが可能になるのかもしれない。その場合には、上述の米国NHGRIの"Advanced Sequencing Technology Awards 2008"で目標とした10 Gb半導体シーケンサーが実現する可能性がある。1台のFirefly半導体シーケンサーが将来的に8個のライブラリーを並列処理できるようになれば、一度に8サンプルを処理できるうえに、1ランでエキソーム(エクソーム)・シーケンシングくらいまで可能になるので、広く診断用途に使える機器になるであろう。また、操作が単純化され、かつ小型機器であるので、POC (Point-of-Care)用途の機器という位置づけとなり、現行のHiSeqシリーズ機器とは用途が異なってくると予想される。