2015年9月11日金曜日

Thermo Fisher Scientific、新しいIon Torrentシーケンサー"Ion S5"を発表

 半導体シーケンサーを開発したIon Torrent Systems Inc (Ion Torrent) を、Life Technologiesが買収したが、2014年2月にはLife TechnologiesがThermo Fisher Scientific Inc. (Thermo Fisher Scientific) に買収された。このため、現在ではThermo Fisher Scientificの傘下で、Ion Torrentシーケンサーの開発・製造・販売が行われている。Thermo Fisher Scientificは、新しいIon Torrentシーケンサー"Ion S5"の発売を9月1日に発表した。今回のGOクラブでは、この話題を取り上げたい。


Ion S5のスペック

  Thermo Fisher Scientificは、2機種のIon Torrentシーケンサー(Ion PGM SystemとIon Proton System)を製造・販売しているが、新しいシーケンサー"Ion S5"の発売を9月1日に発表した。Ion S5は、Ion PGMとIon Protonと同様に、膨大な数のpHセンサーを持つ半導体チップを利用した次世代シーケンサーであり、新設計の3種類のチップ(Ion 520チップ、Ion 530チップ、Ion 540チップ)を用いてDNA塩基配列を決定することができる。3種類のチップはそれぞれ下表のようなシーケンシング性能を有する。

 Ion PGMとIon Protonでは、シーケンシング用サンプルの自動調製機Ion Chefを利用できるが、Ion S5もIon Chefを利用できる。Ion S5の機器サイズは、Ion Protonとほぼ同じである。Ion S5に加えて、Ion S5 XLの発売が発表された。Ion S5 XLは、シーケンサー部分はIon S5と全く同じで、配列解析用高性能サーバーを追加した点がIon S5とは異なる。Ion S5とIon S5 XLの価格(米国)については、それぞれ65,000ドル、150,000ドルである
シーケンサーIon S5 SystemIon S5 XL System
項目\チップIon 520Ion 530Ion 540Ion 520Ion 530Ion 540
リード数3~5 百万15~20 百万60~80 百万3~5 百万15~20 百万60~80 百万
出力リード長= 200 bp0.6~1.0 Gb3~4 Gb10~15 Gb0.6~1.0 Gb3~4 Gb10~15 Gb
リード長=400 bp1.2~2.0 Gb6~8 Gb1.2~2.0 Gb6~8 Gb
ラン時間リード長= 200 bp2.5 hr2.5 hr2.5 hr2.5 hr2.5 hr2.5 hr
リード長=400 bp4 hr4 hr4 hr4 hr
分析時間リード長= 200 bp5 hr8 hr16.5 hr1 hr2.5 hr5 hr
リード長= 400 bp8 hr17.5 hr2 hr4 hr
 Ion S5の用途については、Thermo Fisher Scientificが強調しているように、ターゲットシーケンシングが主な用途である。もちろん微生物ゲノムシーケンシングやRNA-Seqにも利用できる。Ion 540チップの最大出力が10~15 Gbであるので、1~2検体のエキソームシーケンシングも可能ではある。しかし、エキソームシーケンシングは多検体のサンプルを同時にシーケンシングすることが多いので、日常的にエキソームシーケンシングを行う用途に使う場合には、IlluminaのHiSeqやNextSeqと比較すると見劣りする。

Ion PGMとIon Protonとの比較

  Ion 520チップは、ローエンド機種Ion PGMのハイエンド・チップである318チップに相当し、Ion 540チップはハイエンド機種であるIon ProtonのPIチップに相当することから、Ion S5は、Ion PGMとIon Protonの中間機種といえる。従来機と大きな違いは、シーケンシング時間が大きく短縮されたことである。なお、Ion S5のチップはIon PGMやIon Protonに利用することはできないし、逆に、Ion PGMやIon ProtonのチップをIon S5に利用できない。
 Ion Protonシーケンサーについては、PIチップよりも高出力のPIIチップが利用できるようになると、2012年初めに発表されたが、現時点でもPIIチップは市販されていない。ただし、ThermoFisher Scientificの今回の発表では、「Ion Proton用のPIIチップの開発は継続している」と発表している。なお、Ion S5で将来PIIチップ相当のものが使えるようになるのかは不明である。
 一方で、PIIチップが使えるようになったとしても今までの情報から60 Gb程度の出力なので、ヒト全ゲノム解析に利用するには、2チップ分のデータが必要となり、不十分なスペックである。
 以上の情報を総合すると、Ion S5は、PGMとProtonに代わる機種で、PGMとProtonを合わせた新機種であるという位置づけともいえることから、多くのユーザーはIon PGMやIon Protonを購入せずに、Ion S5を購入するだろう。

Illumina MiSeqとの比較

  Ion Torrentシーケンサーの発売当初は、Illumina MiSeqが競合機種であったが、その後、MiSeqの性能は進化する一方、Ion Torrentシーケンサーの進歩は遅く、Ion PGMとIon Protonの2台のシーケンサーで、MiSeqと対抗することになり、不利な状況が続いていた。今回のIon S5の発表により、Ion Torrentシーケンサーは1台でIllumina MiSeqと競合できる機種になったと言える。
 Illumina MiSeqとIon S5では性能面では甲乙つけがたいが、Ion S5はシーケンシング時間が短いので、サンプル調製に問題なければ、スループットはMiSeqよりもよいと思われる。

Ion Torrentシーケンサーの開発の系譜と今後のポジショニング

  2010年3月初めに開催された“Advances in Genome Biology and Technology (AGBT) 2010”において、454シーケンサーを開発したJonathan Rothberg博士が「半導体チップがシーケンサーになる」という衝撃的な発表を行った。この発表を知り、新しい半導体戦争の時代になると感じて、情報発信サイトである「GOクラブ」を立ち上げることにした。GOクラブの第1回目の記事は、次世代シーケンサーについて調査してきた情報をまとめたもので、タイトルを「次世代シーケンサーの分類」として2010年3月26日に公開した。また、Ion Torrentシーケンサーの詳細については2010年5月19日付の記事で紹介した
 2010年末にIon PGMシステムが発売された後、2012年初めには上位機種であるIon Protonシステムが発表された。Jonathan Rothberg博士は、Ion Protonを発表した時点で、PIチップに加えて、60 Gbの配列を出力するPIIチップも発売すると発表していた。その後、ヒト全ゲノム配列を1000ドルのコストで決定しうるPIIIチップの開発についても言及した。この時までは、Ion Torrentシーケンサーに対して破竹の勢いを感じた。しかしながら、PIIチップで問題が発生し、発売の延期が繰り返され、3年経った今でもPIIチップの発売には至っていない。この問題がIlluminaシーケンサーの独走を許す状況を生んだといっても過言でないであろう。
 さて、今回発表された“Ion S5”を吟味すると、Ion Torrentシーケンサーはシーケンシング性能面では実質的な進歩が止まったと感じる。Ion Torrentシーケンサーは成熟した機器となった感があり、IonS5は、次世代シーケンシング解析のプロだけでなくエントリーユーザーまで広く使える機器であるという印象を受ける。Ion TorrentシーケンサーのようなPyrosequencingをもとにするシーケンサーについては、GenapSysのGENIUSシステムの発表が間近に迫っており、Ion S5システムのポジションがどのようになるか気になるところである。