2015年5月22日金曜日

オミックスとは(後編)

 株式会社ジナリスは、オミックス解析とオミックス研究用解析システムの開発・販売を主たる事業とする新会社「株式会社ジナリスオミックス(Genaris Omics, Inc.)」を5月15日に設立した。社名の「オミックス」の語源については前回のGOクラブで詳しく説明したが、今回のGOクラブでは「オミックス」の意味について深く考えてみたい。


オミックスとは:全体と要素

  オミックスとは、Omics.orgによると、「生命の各種 -ome(オーム) 階層(クラスター)内の生物情報実体の相互作用と機能を分析するための科学と工学の学問」と定義されている。ここで、-ome(オーム)としてゲノムを取り上げて、オミックスの一つであるゲノミクスについて説明する。
 要素である「遺伝子」の集合体が「ゲノム(全体)」である。ゲノミクスとは、「ゲノム(全体)を構成要素である遺伝子に分解し、遺伝子を網羅的に分析する。さらに各遺伝子の機能推測や遺伝子間相互作用の解析を行う学問」を意味する。以前は、ゲノム配列を決定し、遺伝子を網羅的に解析する研究を「ゲノムプロジェクト」と呼んでいた。

オミックスとは:データ駆動型科学

  オミックスにおいて、全体を要素に分解して網羅的に分析する際には、次世代シーケンサーや質量分析計などを用いて生体分子に関する大規模なデータを取得する手法を用いる。このように、オミックスは各-ome(オーム)階層の大量データをもとに研究するので、データ駆動型科学(data-driven science)とも呼ばれる。
 オミックスの誕生は、上述した「ゲノムプロジェクト」の推進が契機であったが、ゲノムプロジェクトで得られた大規模な配列データを解析する学問として「バイオインフォマティクス」が誕生した。また、バイオインフォマティクスは、ゲノミクス以外のオミックスの誕生とともに大きく発展してきた。したがって、バイオインフォマティクスは、狭義にはオミックス分野で使われる情報科学といえるが、現在では、バイオインフォマティクスの誕生以前に確立していた「生体分子の立体構造解析に関わる情報科学」や「遺伝統計学」を含めた学問を指す。
 生体分子を研究する学問として従来型の分子生物学があるが、分子生物学では、観察に基づいて仮説を立て、その仮説を実験により検証するという手法を一般的に用いる。一方、オミックスは、膨大なデータから仮説と法則を帰納的に導き出す「データ駆動型」アプローチを用いるという特徴を有する。

システム生物学におけるオミックスの位置づけ

  Wikipediaによると、システム生物学(Systems Biology; システムズ・バイオロジー)とは、システム工学の考え方や解析手法を生物学に導入し、生命現象をシステムとして理解することを目的とする学問分野と記載されている。分子生物学では生物(全体)を要素に分解して研究する還元論的手法を用いるが、システム生物学では、生物を全体論的に理解しようとする手法を用いる。したがって、システム生物学は構成的生物学とほぼ同義といえる。なお、以前は構成的生物学を合成生物学(Synthetic Biology)と呼んでいた時期もあるが、最近使われる英語としてのSynthetic Biologyは、システム生物学の研究によって得られた知識や技術をも活用する「工学」分野の学問として定義されている。合成生物学(Synthetic Biology)の説明については、改めてGOクラブで紹介することとしたい。
 システム生物学では、大別してトップダウンアプローチとボトムアップアプローチの研究を行う。前者は要素に分解して、その相互関係を調べ、モデリングする手法を取り、主にオミックス技術を使う。ボトムアップアプローチは、数理モデルを作り、再構成やシミュレーションを行う。解析に一部オミックス技術を使うこともある。

「木を見て森を見ず」から「森を見て木々も見える」へ

  以上、オミックスは新しい概念の生命科学分野の学問なので、異分野の方々にとっては理解しがたいものであろう。ここで、「木を見て森を見ず」を例に挙げて、オミックスを活用した生命科学研究をわかりやすく説明してみたい。
 たとえば、遺伝子を「木」とすると、ゲノムは「森」となる。分子生物学研究は「木」である遺伝子を詳細に調べる手法を用いる。「木」のそばに立って詳細に観察すれば、その「木」のことはよくわかる。しかし、その木を含む「森」全体はおぼろげにしか理解できない。すなわち、分子生物学研究は「木を見て森を見ず」に近い。
 一方、ゲノミクス研究は、地球を遠くから観察するというように森を見る、すなわち森を構成する木々を網羅的に調べる手法を用いる。ゲノムプロジェクトが開始されたころは、研究経費も膨大で、単に遺伝子の配列がわかるだけなので、ぼんやりとわかるだけで、費用対効果として得られるものは少ないとも言われた。ところが、次世代シーケンサーの発展によりコストも極端に下がり、また配列決定精度の向上、メチル化部位の同定、バイオインフォマティクス技術の進歩などになり、森もはっきりと把握できるようになったうえに、森を構成する木々についても詳細な観察・分析を行えるようになった。したがって、現在のオミックス研究は「森を見て木々も見える」ということになろう。

新会社「ジナリスオミックス」の設立

 株式会社ジナリスでは、1990年代初めから長年に渡るゲノム研究の経験と知識を生かして、主にゲノミクスとメタボロミクスの領域で受託解析とソフトウェア開発を行ってきました。また、10年ほど前からオミックス技術を利用して、非天然化合物を大量に生産できる微生物を高速に育種できることを実証してきました。GOクラブの新シリーズのタイトルを「バイオデジタル革命の夜明け」としたように、これらオミックス技術は、プレシジョン医療(適確医療)の確立にも応用される流れが出てくるなど、基礎研究分野だけでなく、ヘルスケア分野を中心に広く普及・活用されつつあります。

 このような背景から、特にゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、メタゲノミクスの5つのオミックス技術に注目して、様々な業種に対してマルチオミックス情報の利用環境を提供することを目指すために、株式会社ジナリスからバイオIT事業を分割し、新会社「株式会社ジナリスオミックス(Genaris Omics, Inc.)」を今年5月15日に設立しました。