2015年2月23日月曜日

次世代シーケンシングを核とする次世代の医療・診断ビジネス

 F. Hoffmann-La Roche, Ltd. (Roche) は世界的に著名な製薬・ヘルスケア企業であるが、Rocheが次世代シーケンシング (NGS)に関わるベンチャー企業を次々と買収している。今回のGOクラブでは、このRocheによる企業買収を事例として、「NGSを核とする医療・診断ビジネス」について考察したい。


Rocheによる次世代シーケンサーベンチャー企業の買収

 Rocheは2007年3月末に、CuraGenから454 Life Sciences(Pyrosequencing技術を利用した次世代シーケンサーを開発した企業)を買収することにより、NGSビジネスに参入した。Rocheは、2012年に6800百万ドルでIlluminaの買収を試みたが、不成功に終わっている。その後、1分子リアルタイムシーケンサーを発売したPacific Biosciences, Inc.に対して研究支援金を支払い、診断向け用途のNGSに関する共同開発を推進している(2013年9月25日に発表)。
 Rocheは、Nano-SBS (Nanopore-based Sequencing By Synthesis) 技術を用いた半導体シーケンサーの開発を進めているGenia Technologies, Inc. (Genia) を買収することを、昨年6月2日に発表した。その内容は、Rocheは、Genia株主へ計125百万ドルを現金で支払い、さらにマイルストーンの達成度により最大で計225百万ドルまでを追加で支払うとしている。続いて、Rocheは、ナノポアシーケンサーの開発を進めるStratos Genomics, Inc.に5百万ドルの出資(+最大10百万ドルの追加資金支援)を行うことを決めた(2014年6月26日に発表)。これらのニュースは以前のGOクラブでも紹介した。

RocheのNGS関連サンプル/ライブラリー調製技術の導入

 GOクラブでは、以前3回に渡って、「T細胞・B細胞受容体シーケンシングビジネスの勃興」というタイトルのもと、NGSを用いてT細胞・B細胞受容体を解析するベンチャー企業を紹介した。このシリーズ記事では紹介しなかったAbVitro, Inc. (AbVitro) も、NGSを用いてT細胞・B細胞受容体を解析するベンチャー企業である。Rocheは、このAbVitroが開発した「プライマー伸長をベースとするターゲットDNAの濃縮技術」を導入することを、昨年10月9日に発表している。 

Rocheによるバイオインフォマティクス・ベンチャー企業の買収

 Rocheは、バイオインフォマティクス・ベンチャー企業であるBina Technologies, Inc. (Bina) を買収することを、2014年12月19日に発表した。買収金額は、121百万ドルであると報じられている。Binaは、NGSデータの二次解析/三次解析のパイプラインを、クラウドサービスまたはローカルサーバで提供する事業を推進しているが、Binaの技術はQIAGENが買収したCLC bioの技術と類似している。Rocheは、Binaの技術をまずRoche Sequencing Unitに組み入れることを発表したが、今後発売される予定であるGeniaのナノポアシーケンサーのデータ解析や、ゲノム診断事業にも利用していくものと予想される。
 なお、このGOクラブの運営母体である株式会社ジナリスは、NGSデータ解析のプラットフォーム技術と関連製品を開発・販売しているが、ジナリスの製品であるGenaGenomeManager (GGM) は、Binaの技術および製品とは相補性がある。GGMは、NGSデータのマッピング情報であるBAMファイルや、変異・バリエーションの情報であるVCFファイルを、自動的に読み込みデータベース化して管理する機能以外に、1000人規模のゲノムデータを同時に解析できる機能や、データマイニングの機能なども実装している。

Rocheによるゲノム診断/分子診断企業の買収

 Rocheは、医療現場で使えるSample-to-Answer型分子診断機器の開発を進めているIQuum, Inc.(IQuum)を買収したことを昨年4月に発表しており、DNAやたんぱく質に着目した高速診断機器のビジネスを重点化している。買収額は、IQuum株主への支払いが計275百万ドルであり、さらにマイルストーン達成ごとに最大で計175百万ドルが支払われる。続いて、出生前ゲノム診断サービスを提供しているAriosa Diagnosticsを買収することも、昨年12月2日に発表した。こちらの買収額は、株主へ400百万ドル、マイルストーン達成ごとに最大で225百万ドルと報じられている。さらにRocheは、今年に入り、がんゲノム診断で世界トップであるFoundation Medicineの株を50%以上取得した(前々回のGOクラブで紹介)。また、ごく最近(2015年2月9日)のメディアリリースでは、がん患者のバイオバンク・サンプル収集に加えて、血液中に存在するセルフリーがんDNAのNGS解析を行っているベンチャー企業Signature Diagnosticsを買収することを発表している。

次世代の医療・診断ビジネスに向けたヘルスケア企業の取り組み

 以上のように、Rocheは昨年春から、NGSと直接的あるいは間接的に関わるベンチャー企業の買収や技術導入を数多く行ってきた。その目的としては、「NGSを用いるゲノム診断/分子診断事業」と「次世代シーケンサーの製造販売事業」の推進だけでなく、がん治療薬などの創薬においてNGS技術の活用も考慮に入れている。

 NGSを核とする医療・診断ビジネスは、まさに日進月歩であり、Rocheの競合企業であるIlluminaやQIAGENなども含めて、多数のNGS関連ベンチャー企業の買収合戦が繰り広げられている。下表に、スイスに本社を置くRoche、米国のIllumina、そしてドイツのQIAGENの3社に関して、次世代シーケンサー技術、NGS関連サンプル/ライブラリー調製技術、バイオインフォマティクス技術および分子診断/ゲノム診断技術の導入について比較した結果をまとめた。
技術領域 Roche(スイス)Illumina(アメリカ)QIAGEN(ドイツ)
 Next-Gen Sequencer
◆454 Life Biosciences (M&A)
◆Pacific Biosciences (共同開発費 = $35M + milestones = $40M)
◆Genia Technologies (M&A; upfront = $125M, milestones = $225M)
◆Stratos Genomics (出資=$5M + milestones =$10M)
◆Solexa (M&A)◆Intelligent Bio-Systems (M&A)
 Sample/Library Prep◆AbVitro (技術導入)
◆Epicentre Biotechnologies (M&A)
◆Advanced Liquid Logic (M&A)
◆Moleculo (M&A)
◆the Enzyme Solutions Unit of Enzymatics (M&A)
 Bioinformatics◆Bina Technologies (M&A, $121M)◆NextBio (M&A)
◆Ingenuity Systems (M&A)
◆CLC bio (M&A)
◆Biobase (M&A)
 Molecular and Genomic Diagnostics
◆Ariosa Diagnostics (M&A, $625M)
◆Foundation Medicine (M&A, ~$1000M)
◆Signature Diagnostics (M&A)
◆BlueGnome (M&A)
◆Verinata Health (M&A)
◆Myraqa (M&A)
◆Digene (M&A)
◆DxS (M&A)
 上述のように、NGSのヘルスケアビジネスへの波及は、シーケンサー事業とゲノム診断事業だけでなく、創薬領域にも波及しつつある。前回のGOクラブでは、NGSを核とする医療・診断ビジネスに関する話題として、米国でのPrecision Medicine(適確医療)の推進を取り上げた。また、ごく最近(2015年2月18日)の発表では、Johnson & Johnsonのグループ企業であるJanssen Pharmaceutical Companies (JPC) が、「医療を再定義する」として、JPCのJanssen Research & Development, LLC (Janssen) 内に、一気に3つの新しい研究プラットフォーム(Janssen Prevention Center、Disease Interception Accelerator、Janssen Human Microbiome Institute)を設立し、「予防医療」、「疾病発症・進行を阻止する医薬品・治療法」および「マイクロバイオーム」に着目した研究開発を進めるとしている。米国のホワイトハウスが、「Precision Medicineの推進が、医療製薬ビジネスのゲームチェンジャーになるだろう」と発表したが、まさにその「ゲーム・チェンジ」に向かった出来事の一つと言えよう。