2014年8月5日火曜日

Eve Biomedicalが開発を進める全く新しい原理の次世代シーケンサー

 約1年前のGOクラブで、米国国立ヒトゲノム研究所が供与する次世代シーケンシング技術開発の研究グラント“Advanced Sequencing Technology Awards 2013”に、Eve Biomedical, Inc. (Eve Biomedical)が採択されたことを紹介した。Eve Biomedicalの技術については、「安価な携帯電話カメラチップと白色LEDを使って次世代シーケンシング(NGS)が可能になる」というキャッチフレーズが興味を引く。今回のGOクラブでは、このEve BiomedicalのNGS技術を紹介する。


シーケンシング技術の概要

  Eve Biomedicalが開発を進める“Single molecule rotation-devendent transcriptional sequencing”(以下、本NGS法という)の内容については、公開特許公報(WO2012/116191および特表2014-506485)に記載されているので、その特許公報に基づいて、本NGS法の原理を説明したいと思う。

 本NGS法は、文字通り、1分子DNAを鋳型としてRNAポリメラーゼが転写するときに、鋳型DNAが回転することに着目したシーケンシング法である。その原理を具体的に図1を使って説明したい。

 RNAポリメラーゼをスライドグラスなどの固相の表面またはチップ上に固定化する。RNAポリメラーゼは、T7 RNAポリメラーゼやT3 RNAポリメラーゼなどの細菌ファージの酵素を用いる方がよい。理由は1つのサブユニットからなるシンプルな酵素であり、転写精度も優れているからである。ターゲットとなる2本鎖DNAの一端には、転写に伴うDNAの回転を検出するために、タグ(以下、「回転タグ」とよぶ)が付与されている。DNA分子の別の端には、RNAポリメラーゼが結合して転写を開始するためのプロモーター配列を持つオリゴDNAが連結されている。

 この回転タグが付加されたターゲットDNAにRNAポリメラーゼが結合してRNA鎖の合成が始まると、RNAポリメラーゼのトルクにより、RNA鎖の合成が1塩基分進むごとに回転タグが約36°回転する。この回転タグは、たとえば光照射などにより検出することで、位置を測定できる。

 より具体的には、LEDなどの光を照射して回転タグを検出する場合には、携帯電話などでも使われているCMOSセンサーを用いることにより、光ったタグを検出することができる。この場合は、不均一な表面を持つ球形、または非球形のタグを用いるのがよい。回転タグとして2種類のタグを連結したものを用いることもでき、その場合には、それぞれに異なる役割を持たせることになる。また、磁気ビーズをタグとして用いた場合には、GMR(巨大磁気抵抗)やスピンバルブアレイまたはMRAMを用いて検出することができる。

 なお、回転タグは図1中の上方垂直方向に張力によって引っ張られる方が望ましいので、磁気タグの方が有利だと特許には記載されている。

塩基配列決定の方法

  塩基配列決定の方法は大別して2種類ある。1つ目は、4種類のヌクレオシド三リン酸(ATP、UTP、GTP、CTP)のうち、1種類のヌクレオシド三リン酸の濃度を低くし、RNAポリメラーゼによる転写反応を行わせた後に、回転タグの回転を検出し、配列を決定する方法である。この方法は、「Asynchronous Sequencing(非同期配列決定)」とも呼ぶ。この方法を用いた場合、濃度が低いヌクレオシド三リン酸が取り込まれるときには、転写速度が極端に遅くなるために、回転タグの回転も極端に遅くなる(図2)。たとえば、図2ではGTPが律速しているので、回転速度が遅いときには、Gの塩基を持つことが推測される。同様にして、ATP、UTP、CTPをそれぞれ律速させたヌクレオシド三リン酸混合物を用いてRNAポリメラーゼ反応を行い、回転速度が遅い場所を検出し、A、T(U)、Cの塩基の位置を推測する。これらG、A、T(U)、Cの塩基の位置のデータを総合することにより、塩基配列が決定できる。

 2つ目は、Pyrosequencing法のように、4種類のヌクレオチド三リン酸を順番に添加してRNA鎖を合成させて、回転タグの回転を検出することにより、配列を決定する方法である。この方法は、「Synchronous or Base-by-Base Sequencing(同期または逐次塩基配列決定)」とも呼ぶ。この方法を用いる場合には、4種類のヌクレオチド三リン酸を順番に添加する際に、次のヌクレオチド三リン酸を加える前に、前のヌクレオチド三リン酸を除去するための洗浄操作が必要となる。それぞれのヌクレオチド三リン酸を添加したときに、回転タグの回転が観察されれば、塩基の種類が特定できる。

予想される利点

  他のNGS法に対して、本NGS法に関して予想される利点を列挙する。
(1) 既存の素材やデバイスの組み合わせだけでシーケンサーが組み立てられるので、実現性は高いであろう。また、Eve Biomedicalは、シーケンサーの価格は10,000ドル以下を目指しているとを述べているが、その実現も可能性がある。 
(2) シーケンシングの実施に関して、高価な標識核酸や特殊な試薬も不要であり、シーケンシングコストも大幅に安価になることが期待できる。
(3) ホモポリマー領域の塩基数は、回転タグの回転角度の集積によって決定できるので、その配列決定精度はPyrosequencingより優れているだろう。
(4) 1分子の2本鎖DNAを対象に配列を解読できる点は優れている。

予想される欠点

  他のNGS法に対して、本NGS法に関して予想される欠点を列挙する。
(1) 配列決定法として、「Asynchronous Sequencing(非同期配列決定)」を用いた場合、4種類のヌクレオシド三リン酸の混合液を用いて配列決定用の転写反応を行う必要があるが、効率よく、あるいは精度よく同一のターゲットDNAをシーケンシングできるか否かが定かでない点が気になるところである。
(2) ターゲットDNAの末端にRNA polymeraseの結合領域(プロモーター領域)を連結する必要があり、その手間がかかるので、この課題を解決することが望ましい。ただし、これまで利用できるようになったすべてのシーケンサーでも、サンプルの前処理なしにシーケンシングを行えるシーケンサーはないことから、特に欠点とはいえないであろう。マイクロ流路技術などを用いることにより、全自動でサンプル調製を行える技術も確立しているので、この前処理の課題はいずれ解決できるであろう。

Eve BiomedicalのNGS技術への期待

  今までのシーケンサーに対して、実用性という観点で優れており、、シーケンシングコストを大きく低減できる可能性を秘めている点で、魅力あるNGS技術であると思う。さらに、Point-of-Careや疾病発生の現場などで利用しやすいデバイスになるであろうという点に魅力を感じた。Eve Biomedicalのシーケンサーは全く新しい原理に基づくものであるが、ナノポアシーケンサーに競合できる機種といえよう。