2013年8月20日火曜日

電子顕微鏡シーケンサー開発、一進一退

 前回のGOクラブでは、ナノポアシーケンサー開発企業の最近の動向を紹介した。電子顕微鏡を用いた次世代DNAシーケンサー(電子顕微鏡シーケンサー)の開発に目を向けてみると、Halcyon Molecular, Inc.とテラベース株式会社がシーケンサーの開発を断念した。一方で、ZS Genetcis, Inc.はシーケンサーの開発を加速化させている。今回のGOクラブでは、電子顕微鏡シーケンサー開発の動向について紹介しようと思う。


ZS Genetics:シーケンサー開発を加速化

 ZS Genetics, Inc.(2005年設立)は、昨年5百万ドルの開発資金を調達し、ごく最近(2013年7月15日)に、3.5百万ドルの資金の調達と新しい研究施設(10,000平方フィート)の設置アナウンスした。さらに、ZS Geneticsは今年秋に4百万ドルの資金も調達する予定であり、シーケンサー開発から撤退する Halcyon Molecularやテラベース株式会社の2社(後述)とは対照的に、電子顕微シーケンサーの開発を加速化する。

 電子顕微鏡というと、走査型透過電子顕微鏡(STEM)が有名であるが、このSTEMを用いた場合には、DNAを直接観察することはできない。ZS Geneticsは、昨年10月に、ハーバード大学とニューハンプシャー大学の研究者との共同研究により、水銀原子を持つUTPでラベルした1本鎖DNAの配列について、“several individual bases”ではあるが、環状暗視野(annular dark-field)STEMを用いて解読できたことを発表している

 ZS Geneticsは、電子顕微鏡シーケンサーの利点として、1分子のDNAを直接観察でき、さらに1リードで長く読めることを挙げている。また、“One Platform Multiple Application”というキャッチフレーズのもと、新規ゲノムシーケンシング、完全なハプロタイプのシーケンシング、Copy Number Variation (CNV) の同定、がん変異解析分野での遺伝子融合や逆位などの大きな構造変化の解析など多様な用途に利用できることを訴えている。

 ZS Geneticsは、重金属を持つUTPとDNAポリメラーゼを用いてDNAを合成するラベル化法をZSGラベルと呼んでいるが、プロトタイプシーケンサーの完成時には、水銀原子を持つUTPによるラベル化だけでなく、4塩基すべてを認識できることになり、リード長は40~50 kbにすることを目指すことを発表している。プロトタイプシーケンサーの製作に必要な技術は来年内に確立し、プロトタイプシーケンサーを完成させる。その後、数年で市販用シーケンサーを発表する計画である。市販時の性能として、1時間あたり500 Mbの配列を出力することを目標としている。

Halcyon Molecular:静かな退場

 2010年06月25日付けのGOクラブで、「第5世代シーケンサーともいうべき “Halcyon Molecular” のシーケンサーは実現するか」というタイトルで、Halcyon Molecularが開発している電子顕微鏡シーケンサーの内容を紹介した。約20億円の研究開発資金を調達して、画期的なシーケンサーの開発を進めていたが、外部への情報提供は少なかった。ネット上の情報によると、約1年前に研究開発資金が尽きてシーケンサー開発を断念したようである。時期的に見ても、2012年2月のOxford Nanopore Technologiesによる「ナノポアシーケンサーの発売の発表」がHalcyon Molecularの退場を後押ししたに違いない。

テラベース:シーケンサー開発を断念、受託分析は継続

 テラベース株式会社(テラベース)は、我が国初の次世代シーケンサー開発ベンチャー企業であり、かなり早期から開発を進めていた。設立当初は、1兆塩基(テラベース)解読という夢を抱いて、電子顕微鏡観察で一気に長いDNAを解読することに挑戦していた。以前のGOクラブで、テラベースはシーケンサー開発を休止しているらしいことを紹介したが、テラベースのホームページを確認すると、経営陣の体制も変わり、シーケンサー開発を断念したことを確認できた。ただし、電子顕微鏡を用いた受託分析業務は継続している

Electron Optica:潜行するシーケンサー開発

 Electron Optica, Inc. (Electron Optica) は、米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の研究グラントである" Advanced Sequencing Technology Awards 2011”を獲得し、電子顕微鏡シーケンサーの開発を進めている。昨年秋には、シーケンシングの可能性を実証した論文(Progress Towards An Aberration-Corrected Low Energy Electron Microscope for DNA Sequencing and Surface Analysis; the Journal of Vacuum Science & Technology B Vol.30, Issue 6, 26 October 2012)も発表している。その後、シーケンサー開発の進捗に関する発表はない。

 Electron Opticaのシーケンシング方法は以前のGOクラブでも紹介した。STEMを用いた場合にはDNAを重金属でラベルしないとDNAを観察できないが、Electron Opticaが開発しているaberration-corrected low energy electron microscopeを用いると、DNAに損傷を与えずに、直接DNA像を観察できるという利点がある。

電子顕微鏡シーケンサーに関する将来展望

 ナノポアシーケンサーを中心に膨大な種類の次世代シーケンサーの開発が進む中、電子顕微鏡シーケンサーがどの程度まで高精度に配列決定を行えるかについては未知数である。電子顕微鏡シーケンサーのポジションニングであるが、OpGenやBioNano GenomicsのようにDNAを直接観察することによりDNAの大きな構造的特徴を検出する領域が想定される。この領域では塩基配列の解読まで行える機器は登場していないが、塩基配列の解読を行える可能性がある機器としては、NABsysのNPS 8000があり、この機器が競合になると予想される。