2013年7月13日土曜日

T細胞・B細胞受容体シーケンシングビジネスの勃興(後編)

 T細胞受容体 (TCR)・B細胞受容体 (BCR) シーケンシングビジネスの特集として、これまでにSequenta, Inc.とAdaptive Biotechnologies Corporation の事業と技術を紹介した。今回(最終回)は、単細胞のT・B細胞からのTCR・BCRシーケンシングとワクチン・抗体開発への次世代シーケンシング技術の応用についてまとめる。


iRepertoire, Inc.とRepertoire 10K (R10K) プロジェクト

 まず、iRepertoire, Inc. (iRepertoire) が1個のT細胞・B細胞からTCR・BCRシーケンシングを行える“iPair reagent system”を発売する予定であるので、iRepertoireの事業内容を紹介したい。iRepertoireは、HudsonAlpha Institute of Biotechnology (HudsonAlpha) のグループリーダであるJian Han博士が2009年に設立したベンチャー企業である。HudsonAlphaにおける研究成果をもとに、TCR・BCRシーケンシングの受託サービスとシーケンシング用プライマーについて幅広く提供している。

iRepertoireは、この事業活動とは別に、HudsonAlphaが主導している“Repertoire 10K (R10K) プロジェクト”を支援している。具体的には、同社が開発したシーケンシング用サンプル調製技術をR10Kプロジェクトに対して提供している。このR10Kプロジェクトは2011年5月から開始され、100種類の免疫関連疾患について、合計10,000人から由来するTCRとBCRを網羅的にシーケンシングし、各疾病の診断、予後および治療に役立つ情報を得ることを目的としている。ターゲット疾病領域は、癌、自己免疫疾患、炎症性疾患および感染症の4つである。癌については、癌の発生に伴い、特定のTCRやBCRを持つリンパ球が増える可能性があるので、TCR・BCRシーケンシングにより癌診断ができるという原理である。まず乳癌、肺癌および大腸癌について研究を開始した。

iRepertoireのサービス内容とiPair reagent system

 iRepertoireの受託解析の対象は、ヒトTCRα (RNA)、TCRβ (RNA, gDNA=染色体DNA)、TCRγ (RNA)、TCRδ (RNA)、マウスTCRα (RNA)、TCRβ  (RNA, gDNA)、TCRγ (RNA) およびTCRδ (RNA) であり、幅広くカバーしている。シーケンシングは、前々回、前回に紹介したSequenta, Inc.とAdaptive Biotechnologies Corporation の方法と同じく、Multiplex PCRでTCR・BCRの特定領域をバイアスがかからないように増幅した後、Illumina HiSeqシーケンサーまたはRoche-454シーケンサーを用いて行う。

TCR・BCRシーケンシングでは、「TCR (α鎖とβ鎖またはγ鎖とδ鎖) もBCR (H鎖とL鎖) も2種類の鎖から形成されているので、そのペアの情報が得られないと、抗原認識特異性と正確に対応付けることができない」という点が解決すべき課題となる。そこで、 iRepertoireは、リンパ球単細胞から受容体ペアを増幅してペア情報を得る技術 (iPair reagent system) を開発しており、近々そのサービスを開始する予定であることを発表している。特に、B cell iPair systemはH鎖とL 鎖のペア情報を得ることができるので、それぞれを同時に発現させて、抗原認識特異性を決定する実験や抗体医薬の設計にも役立つであろう。

GigaGen

 以前のGOクラブで、マイクロ流路技術を用いた単細胞分離の特集で、GigaGen, Inc. (GigaGen) の紹介を行った。GigaGenは2010年に設立されたベンチャー企業であり、マイクロ流路技術を用いて1細胞ずつ分離したT細胞やB細胞を次世代シーケンシングなどにより解析することを目指している。GigaGenが提供する“GigaMune GigaLink”は、TCR α鎖とβ鎖またはBCR H鎖とL鎖の配列情報をペアとして得ることができるサービスである。また、T細胞のエフェクター遺伝子とTCR可変領域の連関付けを1細胞分離とシーケンシングによって行うサービス“GigaMune GigaTELS”も提供している。

Atreca

 Atreca, Inc. (Atreca) は2010年に設立され、本社を米国California州San Carlosに置くベンチャー企業である。Atrecaは、スタンフォード大学で開発された “Immune Repertoire Capture Technology” の使用ライセンスを2012年8月14日に受けた。さらに、Atrecaは、この技術を用いた開発を加速するために、Bill & Melinda Gates Foundationから約6億円の投資を受けたことを2012年9月25日に発表している。この技術を用いると、T細胞やB細胞の単細胞から由来するすべてのcDNAにラベルを付けることができるので、多数の細胞から由来するcDNAを一度にシーケンシングすることにより、TCRまたはBCRのペア情報を得ることができる。

Atrecaは、この技術を効果的ワクチンの開発や抗体医薬の開発に生かすことを目指している。具体的には、ワクチンや抗原を投与し、約1週間たった後に特定のB細胞が増殖するので、これらB細胞のBCRシーケンシングにより得られる情報をワクチンの効果判定や特定の抗体の設計に生かすことを狙っている。BCRの場合、Hypermutationが入るために、VDJ領域のプライマーのアニーリング効率が悪くなる。プライマーをV領域の前にセットすれば効率が良くなるが、リード長が長くないと目的の配列が得られない。したがって、この目的では長い配列を得る必要があるので、Roche-454シーケンサーが最適である。

ImmuMetrix

 ImmuMetrix, LLC(ImmuMetrix) は2010年に設立され、本社を米国California州Palo Altoに置くベンチャー企業である。ImmuMetrixも、Atrecaと同じく、ワクチン投与後にBCRの配列・分布が大きく変わることに着目して、BCR配列情報をもとに、有効なワクチンの開発や効果的な抗体医薬の開発を目指している。このImmuMetrixやAtrecaの開発内容から、ワクチンや抗体医薬の開発も次世代シーケンシングの時代に突入したことを実感できる。