2011年5月24日火曜日

診断用DNAシーケンサーの現況

 今年5月10日に、ライフテクノロジーズジャパン株式会社が、Applied BiosystemsのキャピラリーDNAシーケンサー(第1世代シーケンサー)である3500 Dxを体外用診断機器として発売することをプレスリリースした。わが国でも、シーケンサーを利用した診断の幕開けとなったといえる出来事である。今回は、この3500 Dx に加えて、診断用シーケンサーとしての利用を目指している次世代シーケンサーについても紹介する。


Applied Biosystems 3500 Dx が診断用シーケンサーとして発売された

Applied Biosystems(AB) 3500 Dxシーケンサーはすでに欧米では診断用機器として利用されていたが、日本では5月10日に正式に診断用シーケンサーとして利用できるようになった。機器のスペックなどは、Life Technologiesのホームページの情報を参照してほしい。
本機器の当面の診断用途としては、まずHLA抗原(Human Leukocyte Antigen; ヒト主要組織適合性複合体=MHC)のタイピングが考えられる。HLA抗原の遺伝子が224個(96個のPseudogenesを含む) あり、それら遺伝子の配列は個々人で多様性に富んでいる。しかも、この配列の違いが、自己・非自己の認識に関わっていることから、臓器移植・骨髄移植においてはHLAタイプを調べることは必須である。また特定のHLAタイプが自己免疫疾患や感染症の罹患などにも関係している。このような理由から、多数のHLA遺伝子のタイピングを精度よく決定するニーズは大きい。
これまで各HLAタイプに特異的なプライマーを用いてPCRによる増幅バンドが出現するかどうか調べるPCR-SSP法がよく用いられてきた。HLA遺伝子のSNPは個人毎に多様性に富んでいるうえ、新規なSNPもあることから、 3500 Dx シーケンサーによるサンガーシーケンシング法の方がPCR-SSP法よりも精度高くHLAタイピングを行えるはずである。今後はシーケンスベースのHLA タイピング(SBT法)に置き換わっていくと予想される。このように、サンガーシーケンシング法は概してPCR-SSP法より優れていると言えるが、2種類以上のアリルが出現した場合、HLAタイプを決定できない。またPCRエラーによりHLAタイプを決定できないこともある。
AB 3500 Dx シーケンサーは診断用機器として発売されたが、まだFDAに正式に登録された診断機器ではない。Life Technologiesは、今年3月21日付で、FDAの510(k)の認証を得るために、本機器のHLAタイピングにおける安全性と有効性を実証する臨床試験を始めると発表した。

Roche-454 GSシステムの診断用シーケンサーとしての可能性

次世代シーケンサーの中で、診断用途で先頭を走っている機器は、Roche-454のGS FLXとGS Juniorシステムである。454 Life Sciencesは、3月30日付で、これらシーケンサー用のHLAタイピングのキットを発売することを発表した。しかし、これらキットの利用は研究用に限られており、まだ診断用途には使えない。Roche-454 GSシステムの想定される利点について、以下に論じる。
HLA遺伝子は非常に多型に富んでいるので、従来の手法では、"phaseambiguity"や"phasing polymorphisms"の問題を解決できない。これは、「各SNPや配列のあいまいさが、どちらのハプロタイプから来たのか判定できない」という問題であるが、Roche-454 GSシステムは、300 bp以上の配列を読むことができ、各DNA1分子をemulsion PCRで増やし、さらに深く読めることから、この問題を解決できるポテンシャルを有する。さらに、1ランで非常に多くのサンプルを処理できることから、1サンプル当たりのコストがサンガーシーケンシング法より安くなることが期待されている。GO クラブでは、以前に、FluidigmのAccess Array systemやRainDance Technologiesのmicrodroplet-based technologyが、次世代シーケンシング用の多サンプル調製を一気に楽にすることを紹介したが、Roche-454 GSシステムとこれらのサンプル調製機器との組み合わせは魅力である。なお、最近、RainDance Technologiesは、HLA遺伝子を増幅するキットの発売を発表している
Roche-454 GSシステムを用いたHLAタイピングの論文は多数発表されている。特に、Erlich et al. BMC Genomics 12, 42 (2011) の論文は一読すべきと思われる。この論文によると、Roche-454 GSシステムを用いたときのHLAタイピングの精度は、4桁解像度レベルで98.6%、2桁解像度レベルで99.6%と報告されている。なお、エラーのほ とんどは配列リードのカバー量が不十分な領域で発生している。その他のエラーはライブラリー調製時のサンプルのコンタミネーションに由来していることがわ かった。このように、シーケンシングの精度自体に由来するエラーが(ほとんど)ないことは特筆すべきことと思われる。

今後の展望

上述のように、HLAタイピングに用いるシーケンサーの条件としては、HLA遺伝子の場合、広い領域に渡って、しかも父母由来の対立遺伝子で多型が存在す るので、なるべく長いDNA断片の配列を1リード長が長く、かつ精度よく配列決定を行う必要がある。今回、AB3500 DxとRoche-454GSシステムが利用できるようになったことを紹介したが、HLAタイピングに目的に限定すると、他の次世代シーケンサーとしては、シーケンシング原理が似ているロングリード・シーケンサーであるIon Torrent PGMシーケンサーが有力候補であろう。ただし、癌の診断を含めて、他の診断用途となると変異の解析条件などが変わってくるので、シーケンサーに求められるスペックなどは変わってくる。