Ion S5のスペック
Thermo Fisher Scientificは、2機種のIon Torrentシーケンサー(Ion PGM SystemとIon Proton System)を製造・販売しているが、新しいシーケンサー"Ion S5"の発売を9月1日に発表した。Ion S5は、Ion PGMとIon Protonと同様に、膨大な数のpHセンサーを持つ半導体チップを利用した次世代シーケンサーであり、新設計の3種類のチップ(Ion 520チップ、Ion 530チップ、Ion 540チップ)を用いてDNA塩基配列を決定することができる。3種類のチップはそれぞれ下表のようなシーケンシング性能を有する。 Ion PGMとIon Protonでは、シーケンシング用サンプルの自動調製機Ion Chefを利用できるが、Ion S5もIon Chefを利用できる。Ion S5の機器サイズは、Ion Protonとほぼ同じである。Ion S5に加えて、Ion S5 XLの発売が発表された。Ion S5 XLは、シーケンサー部分はIon S5と全く同じで、配列解析用高性能サーバーを追加した点がIon S5とは異なる。Ion S5とIon S5 XLの価格(米国)については、それぞれ65,000ドル、150,000ドルである。
Ion S5の用途については、Thermo Fisher Scientificが強調しているように、ターゲットシーケンシングが主な用途である。もちろん微生物ゲノムシーケンシングやRNA-Seqにも利用できる。Ion 540チップの最大出力が10~15 Gbであるので、1~2検体のエキソームシーケンシングも可能ではある。しかし、エキソームシーケンシングは多検体のサンプルを同時にシーケンシングすることが多いので、日常的にエキソームシーケンシングを行う用途に使う場合には、IlluminaのHiSeqやNextSeqと比較すると見劣りする。
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Ion PGMとIon Protonとの比較
Ion 520チップは、ローエンド機種Ion PGMのハイエンド・チップである318チップに相当し、Ion 540チップはハイエンド機種であるIon ProtonのPIチップに相当することから、Ion S5は、Ion PGMとIon Protonの中間機種といえる。従来機と大きな違いは、シーケンシング時間が大きく短縮されたことである。なお、Ion S5のチップはIon PGMやIon Protonに利用することはできないし、逆に、Ion PGMやIon ProtonのチップをIon S5に利用できない。
Ion Protonシーケンサーについては、PIチップよりも高出力のPIIチップが利用できるようになると、2012年初めに発表されたが、現時点でもPIIチップは市販されていない。ただし、ThermoFisher Scientificの今回の発表では、「Ion Proton用のPIIチップの開発は継続している」と発表している。なお、Ion S5で将来PIIチップ相当のものが使えるようになるのかは不明である。
一方で、PIIチップが使えるようになったとしても今までの情報から60 Gb程度の出力なので、ヒト全ゲノム解析に利用するには、2チップ分のデータが必要となり、不十分なスペックである。
以上の情報を総合すると、Ion S5は、PGMとProtonに代わる機種で、PGMとProtonを合わせた新機種であるという位置づけともいえることから、多くのユーザーはIon PGMやIon Protonを購入せずに、Ion S5を購入するだろう。
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Illumina MiSeqとの比較
Ion Torrentシーケンサーの発売当初は、Illumina MiSeqが競合機種であったが、その後、MiSeqの性能は進化する一方、Ion Torrentシーケンサーの進歩は遅く、Ion PGMとIon Protonの2台のシーケンサーで、MiSeqと対抗することになり、不利な状況が続いていた。今回のIon S5の発表により、Ion Torrentシーケンサーは1台でIllumina MiSeqと競合できる機種になったと言える。
Illumina MiSeqとIon S5では性能面では甲乙つけがたいが、Ion S5はシーケンシング時間が短いので、サンプル調製に問題なければ、スループットはMiSeqよりもよいと思われる。
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Ion Torrentシーケンサーの開発の系譜と今後のポジショニング
2010年3月初めに開催された“Advances in Genome Biology and Technology (AGBT) 2010”において、454シーケンサーを開発したJonathan Rothberg博士が「半導体チップがシーケンサーになる」という衝撃的な発表を行った。この発表を知り、新しい半導体戦争の時代になると感じて、情報発信サイトである「GOクラブ」を立ち上げることにした。GOクラブの第1回目の記事は、次世代シーケンサーについて調査してきた情報をまとめたもので、タイトルを「次世代シーケンサーの分類」として2010年3月26日に公開した。また、Ion Torrentシーケンサーの詳細については2010年5月19日付の記事で紹介した。
2010年末にIon PGMシステムが発売された後、2012年初めには上位機種であるIon Protonシステムが発表された。Jonathan Rothberg博士は、Ion Protonを発表した時点で、PIチップに加えて、60 Gbの配列を出力するPIIチップも発売すると発表していた。その後、ヒト全ゲノム配列を1000ドルのコストで決定しうるPIIIチップの開発についても言及した。この時までは、Ion Torrentシーケンサーに対して破竹の勢いを感じた。しかしながら、PIIチップで問題が発生し、発売の延期が繰り返され、3年経った今でもPIIチップの発売には至っていない。この問題がIlluminaシーケンサーの独走を許す状況を生んだといっても過言でないであろう。
さて、今回発表された“Ion S5”を吟味すると、Ion Torrentシーケンサーはシーケンシング性能面では実質的な進歩が止まったと感じる。Ion Torrentシーケンサーは成熟した機器となった感があり、IonS5は、次世代シーケンシング解析のプロだけでなくエントリーユーザーまで広く使える機器であるという印象を受ける。Ion TorrentシーケンサーのようなPyrosequencingをもとにするシーケンサーについては、GenapSysのGENIUSシステムの発表が間近に迫っており、Ion S5システムのポジションがどのようになるか気になるところである。
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