23andMeの遺伝子検査(DTC遺伝学的検査)ビジネスの変遷
23andMeの遺伝子検査ビジネスについては、以前のGOクラブで紹介した。一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNPと略す)に基づく消費者向けの検査は、正確には「DTC遺伝学的検査」と呼ぶべきであるが、わが国では、一般に「遺伝子検査」と呼んでいるので、本稿でも遺伝子検査と呼ぶことにする。
以前のGOクラブでも紹介したが、米国における遺伝子検査ビジネスは以前は盛況であった。しかし、2008年を頂点として遺伝子検査ビジネスは急速に衰退した。その後、遺伝子検査ビジネスを推進している、唯一ともいえる企業が23andMeである。23andMeは、SNPをもとにするヘルスケア情報サービスと祖先情報サービスを提供してきた。そして、ヘルスケア情報サービスをFDAに申請した。しかしながら、ヘルスケア情報、特に疾患罹患性の判定に関して十分なる科学的根拠を示せなかったことから、2013年11月22日にFDAから同サービス停止命令を受けた。23andMeは、この停止命令に従ってヘルスケア情報サービスを停止したが、消費者からのサンプル収集、祖先推測サービス、SNPタイピングデータの提供は継続しており、これまで85万人以上のユーザからデータを収集している。
23andMeは、米国でのヘルスケア情報サービスを断念したが、カナダ人に対するヘルスケア情報と祖先情報を提供するサービスを昨年10月1日に開始することを発表した。さらに、23andMeは、米国で提供していた検査を絞り込み、100以上の項目のヘルスケア情報と祖先情報の提供が英国の研究倫理委員会に承認され、英国人に対してもサービスを実施できるようになったことを昨年12月2日に発表した。なお、英国でのサービスは診断目的でないとして承認されている。
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米国FDA、23andMeの遺伝子検査を認める!?
上述のように、米国FDAは23andMeの遺伝子検査サービスを承認しなかったが、今年2月19日付で、23andMeのブルーム症候群(Bloom Syndrome)の遺伝子検査(正確には遺伝学的キャリア検査に該当)のサービス提供を承認した。この発表を見ると、消費者向け遺伝子検査サービスが広く承認される方向になったと勘違いする可能性があるので、ここで注釈を加えておきたい。 ブルーム症候群の原因変異は、BLM遺伝子の劣性遺伝変異であり、この変異を持つ両親から生まれた子供が父母それぞれからその変異を受け継いだときにブルーム症候群に罹患する。さらに、この変異は、疾病罹患性に関する多くのSNPとは異なり、疾病発症に直接関わるものであり、科学的根拠も明確である点が異なる。また、ブルーム症候群の検査はブルーム症候群に罹患していない人に対して行うものであり、被験者本人の診断目的ではない。通常の遺伝子検査(DTC遺伝学的検査)は、「占い」とか「おみくじ」と呼ばれるように、検査結果が示す疾病罹患性の有無についてはあいまいであるが、ブルーム症候群の遺伝学的キャリア検査は、ダウン症の遺伝学的キャリア検査と同様に両親にとってはベネフィットがあるといえる。
FDAは、「このような遺伝学的キャリア試験はclass II に該当するとして、消費者にサービスを提供する場合には特別なコントロールが必要ではあるが、FDAによる審査・承認は必要ない」と発表した。すなわち、FDAは、消費者が子供や親族の発症リスクを知ることは、FDAによって認可された専門機関による検査である必要がないと判断した。
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23andMeによる疾病変異探索研究
23andMeは、米国におけるSNPベースのヘルスケア情報サービスの提供を断念したが、その後23andMeが保有する膨大な顧客のSNPと形質の連関データベースを生かしたGWAS (Genome-Wide Association Study) を外部研究者と連携して推進している。具体的には、23andMeの研究者が米国National Institutes of Health(NIH)から約1.4百万ドルの研究助成金を受けたことが一つの契機となった。このNIHグラント提供の目的は以下の4つである。
(1) 外部研究者が、疾病とSNPの連関(疾病罹患性マーカー)を発見することを可能にするために、23andMeデータベースにアクセスできるようにする。また、迅速に疾病罹患性マーカーを発掘できるようにするために、研究者と顧客の間での結び付きを可能とするプラットフォームを開発する。
(2) 疾病罹患性マーカーの発見を加速化するために、顧客への質問の充実などを行う。また、カルテ情報やヘルスケア情報などの形質に関わる情報を充実することにより、疾病罹患性マーカーの発見を促進する。
(3) 23andMeが全ゲノムデータを利用でき、希少疾患の原因変異を探索できるように、システムを改良する。この種の探索研究が、過去の膨大な投資により構築されたGWASデータベースをゲノムシーケンシング研究と結びつけることにより、疾病原因変異の同定に役立つことを示す。
(4) 23andMeがアカデミア研究機関や企業との共同研究を推進するための環境を整える。
23andMeが新たに始めた「市民のGWASデータベースを疾病変異探索に生かす研究」は、過去に多数のアカデミア機関で推進されてきた。また、アイスランド全国民のSNP情報とカルテなどのヘルスケア情報を連関させたデータベースの構築と創薬への活用は、ベンチャー企業“deCode genetics”が先駆的に手掛けてきた。deCode geneticsは、子会社deCODEmeを設立し、23andMeと同じビジネスであるDTC遺伝学的検査(遺伝子検査)サービスも進めてきた。なお、deCODEmeは2013年に廃業し、本サービスは中止された。このように、23andMeの取り組みは新しいものではないが、従来の取り組みとは異なる点は、広く一般市民を対象に、SNS (Social Networking Service) として疾病原因変異の探索研究を医学研究者も取り込んで推進する仕組み、いわゆる「市民科学 (Citizen Science)」を構築した点である。
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23andMeの製薬企業との連携
23andMeが構築したGWASデータベースをベースとする製薬企業との連携ビジネスは、Pfizer Inc. (Pfizer) との提携が最初の例となった。Pfizerは複数の疾患の原因探索について23andMeとの連携を予定しているが、炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease, IBD) の原因変異探索について昨年8月12日と今年1月12日に発表している。米国には約140万人のIBD患者がいると推測されているが、今回の連携では10,000人の患者の参画を最終目標としている。なお、今年1月12日の発表では、当面5,000名の患者を集めることを目標としており、すでに4,000人の登録があったことを発表している。IBDはUlcerative colitisとCrohn’s Diseaseを含むが、両疾患の原因変異のローカスは約150か所であり、Pfizerはこれら150か所のシーケンシングを行い、原因変異の同定を目指すものと予想される。
製薬企業によるIBD原因変異探索研究は、Pfizerが最初の事例ではない。以前のGOクラブでも紹介したが、AmgenがMassachusetts General Hospitalと共同で同探索研究推進することを発表している。Amgenも、約27万人のアイスランド人のSNPデータベースを保有するdeCode geneticsを買収しているので、独自のGWASの成果も利用できる状況にある。
Pfizerに続いて、Genentechが23andMeと提携して、パーキンソン病の原因変異の探索を行うことを今年1月6日に発表した。Genentechは、この提携に際して23andMeに対して10百万ドル(約12億円)を前払いで支払い、さらにマイルストーンの達成度により最大で50百万ドル(約60億円)を追加で支払うとしている。23andMeの創業者でCEOのAnne Wojcicki氏と夫であったSergey Brin氏(Googleの共同創業者)はマイケル・J・フォックス財団への寄付などパーキンソン病撲滅に向けた研究支援でも知られており、23andMeは、すでに12,000人の患者とその親兄弟1,300人から研究参画について同意を得ている。
23andMeの発表によると、これら2社との提携以外に、12機関との連携プロジェクトを推進することが決まっているらしい。
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23andMe、製薬企業を目指す!
上述のように、23andMeは合計14機関との提携による疾病罹患変異探索プロジェクトの推進を始めたが、ごく最近23andMeは、Genentechの創薬部門の元幹部であったRichard H. Scheller氏を採用し、23andMeが構築したGWASデータベースとSNSプラットフォームを活用して、新しいタイプの創薬プロジェクトを立ち上げることを発表した。また、23andMeは同じGenentechからバイオインフォマティクスの専門家であるRobert Gentleman博士が23andMeに移籍することを今年4月2日に発表し、創薬プロジェクトを推進する体制を整える方向に動き始めた。 このように、23andMeは、米国での遺伝子検査ビジネスがFDAにより拒絶されたことをきっかけとして、製薬企業との連携ならびに自社が製薬企業になることを目指す道に進路変更を行ってきた。23andMeだけでなく、Googleが新会社Calicoを設立して創薬事業を開始するなど、IT系企業が創薬事業に参入する現象が起きているが、この現象に関する考察については、今後掲載予定の「遺伝子検査ベンチャー23andMe、創薬に挑む(後編)」で紹介する予定である。 |