2015年3月25日水曜日

Quantified Self とは


 いよいよApple Watchが今年4月24日に発売されることになり、話題を集めている。すでに発売されている他社のスマートウォッチと同様に、Apple Watchにも「個人の体動や心拍数を計測する機能」が付いている。このように、自己の状態や行動を定量的に計測する“Quantified Self”の流れはますます加速化されるだろう。今回のGOクラブでは、この“Quantified Self”とその計測に用いられるデバイスを紹介する。


Quantified Self とは

 “Quantifed Self”という語自体は、ウェアラブル・デバイスが一般にも知られるようになった2007年に米国で誕生した。Quantified Self は、直訳すると「自己定量化」となるが、「自己による定量化」というよりも、「定量化された自己」すなわち「自己(の状態や行動を)を定量的に計測すること」を意味する。Quantified Self の詳しい説明はWikipediaを参照してほしい。なお、Quantified Self はQSとも略されることがあるが、Self QuantificationやSelf Quant という語もよく見かける。

Quantified Selfに利用するデバイスの分類

 Quantified Self に利用できるデバイスの種類としては、各自の身体に着用して利用する「ウェアラブル・デバイス」に加えて、各自で持ち運んで利用する、あるいは家庭などに設置して利用することができる「ポータブル・デバイス」がある。Quantified Self に利用するウェアラブル・デバイスは、主としてブレスレットのように手首に装着する「ブレスレット型デバイス」、基本的には時計である「時計型デバイス」およびメガネとして装着する「メガネ型デバイス」などが利用されている。以下に、これらのデバイスについて概説する。

(1) ブレスレット型デバイス
 ブレスレット型デバイスとしては、Jawboneの“UPシステム”やNIKEの“NIKE+ FUELBAND SE”、EPSONの“PULSENSE”などが知られており、その多くは内蔵された加速度センサーで自己の活動量を計測するデバイスである。Jawboneの最新型デバイス“UP3”は、加速度センサー以外に、バイオインピーダンス、皮膚温度および周囲温度を測定できる機能を有する。

(2) 時計型デバイス
 時計型デバイスとしては、SAMSUNG “Gear 2”LG “G Watch”ソニーモバイルコミュニケーションズ “SmartWatch2”がすでに発売されている。いずれも体動を計測する加速度センサーを実装しており、“Gear 2”と“G Watch”には心拍センサーも実装している。Apple Watchも加速度センサーと心拍センサーを実装しているが、詳細な機能などは、他のニュースや紹介記事を参照してほしい。

(3)メガネ型デバイス
 著名なメガネ型デバイスとしては、“Google Glass”が挙げられる。Google Glassは、カメラ機能、加速度センサー、方位センサー、照度センサーを用いてデータを計測できる「ヘッドマウントディスプレイ方式の拡張現実ウェアラブルコンピュータ」である。ソニーの“SmartEyeglass”もGoogle Glassと類似したメガネ型デバイスで、加速度計、ジャイロスコープ、電子コンパス、照度センサー、マイクを実装している。メガネ型デバイスとしては、エプソンの“MOVERIO”も知られているが、MOVERIOは画像モニターであるので、Quantified Self に利用するデバイスには属さない。

 最近、メガネメーカーであるJINSが発表したメガネ型デバイス“JINS MEME”は興味深い機能を有する。一般のメガネ型デバイスは、カメラとヘッドマウントディスプレイを実装しているが、“JINS MEME”は実装していない。その代わり、六軸の加速度、角速度センサーに加えて、独自開発の三点式の眼電位センサーを実装している。体の動きなどの計測以外に、眼電位センサーにより、眠気や集中度に関するデータを計測できるという。まさに、新しい概念のヘルスケア用ウェアラブル・デバイスといえよう。

(4)その他の型のウェアラブル・デバイス
 上述のブレスレット型、時計型、メガネ型以外にも、足首に装着する型、コイン型および衣服に装着する型などのウェアラブル・デバイスが開発されている。足首に装着する型としては、スポーツ用デバイスと赤ん坊の監視用デバイスが知られている。コイン型デバイスの目的は、多くはブレスレット型デバイスと同じである。また、衣服に装着する型のデバイスについては、心電図も含めて多様な用途の機器の開発が進められている。その他、興味深いデバイスとしては、頭に装着する脳波測定ヘッドバンドが挙げられる。

(5)Quantified Self に利用するポータブル・デバイス
 家庭で手軽に利用できるポータブル・デバイスとしては、血圧計、体温計、体重計および体脂肪率測定器などが知られている。最近では、尿糖値、血圧、BMI値、体重、尿温度を計測する機能が付与されたインテリジェンストイレも開発され、販売もされている。

(6)Quantified Self に利用する自動車装着デバイス
 Quantified Self に利用する自動車装着デバイスとしては、たとえば各種センサーを付加したハンドルの開発が進んでいる。自動車装着デバイスは、一般個人向けでどの程度ニーズがあるか予想できない面があるが、業務用であれば将来利用が広がる可能性があろう。また、上述の“JINS MEME”のような眠気や集中度に関するデータを計測できるデバイスは、自動車運転には適合性がよいと思われる。

(7)生体分子計測機器
 生体分子の中で、血中のブドウ糖濃度すなわち血糖値を計測できるデバイスが、すでに家庭・個人向けに多種類販売・利用されている。また、主に業務用途の機器であるが、魚肉類や細菌類などに由来するATPを計測することにより、対象物の汚れを測定する機器も販売されている。
 GOクラブでは、これまでDNA分子の配列情報を解読できる次世代シーケンサーに関する話題を提供してきた。Quantified selfで最も注目されている生体分子の情報解析としては、個人ゲノム情報と腸内細菌叢などのマイクロバイオームの解析が挙げられる。いずれも次世代シーケンサーを用いて個人または微生物のゲノム情報を解析するというものである。次世代シーケンサーの多くは機器のサイズも大きく、研究室に設置して利用するものである。したがって、現時点では個人レベルでの次世代シーケンサーを用いた自己データの計測は困難であり、23andMeやuBiomeなどのベンチャー企業が一般消費者向けの受託解析サービスを提供している。ところが、Oxford Nanopore TechnologiesのMinIONデバイスのように、大きさもUSBメモリー程度で、ノートパソコンのUSBポートに差し込めば、個人レベルでも利用できる可能性があるシーケンシングデバイスも現れている。
 次世代シーケンサーは、DNA配列だけでなく、DNAのメチル化状態やRNAの配列情報も解析できる。また、ナノポア・デバイスは、タンパク質や有機化合物の検出も行えるポテンシャルを秘めている。有機化合物は、高速液体クロマトグラフィーや質量分析計などの機器でも検出できるが、それらは現状では手軽にQuantified Self に利用できる機器とはいえない。しかし、将来小型化されて、小型で手軽に生体分子の計測に使えるデバイスが登場するかもしれない。

Quantified Selfの現在と将来

 医療が進歩・発展し、平均寿命が延びている。日本では特に老齢社会になり、医療費が高騰している上に、国家財政の赤字の累積により保険医療に回せる財源も乏しくなっている。一方で、抗体医薬や細胞治療など高額医療が台頭してきて、広く国民の健康維持に資するヘルスケアはどのような形がよいか、ますます問題が大きくなりつつある。この問題を解決するには、「Quantified Self による自己健康維持活動」と「個人ゲノム情報を核とする“Precision Medicine”の推進」が鍵となるであろう。
 従来型の電子機器産業の新製品・新技術も限界が見えたこともあり、世界中の企業がヘルスケア向けの機器開発に力を注いでいるという流れが出てきた。このような状況を総合的に鑑みると、Quantified Self に利用できるウェアラブル・デバイスやポータブル・デバイスは、ヘルスケア・医療向け用途を中心に一層注目され、多様なデバイスが登場するであろう。AppleのApple Watchは、デザイン、ファッション性に加えて、ヘルスケア維持にも広く利用されるデバイスになると予想する。