GOクラブでは、約5年前から次世代シーケンサーの話題を提供してきた。昨年(2014年)の次世代シーケンサーに関するニュースを吟味すると、次世代シーケンシング技術も一般に普及する段階に入ったといえる。このような背景から、「次世代シーケンサーについて語る」のシリーズを終えて、その後継シリーズとして「バイオデジタル革命の夜明け」の記事掲載を始めることにしたい。
普及ステージに入った次世代シーケンシング(NGS)技術
米国の国立衛生研究所(NIH)は、2004年から、通称「1000ドル・ゲノムプロジェクト」として、NGS技術・次世代シーケンサーの開発を支援してきた。そして、昨年Illumina, Inc. (Illumina) が、1人の全ゲノム配列を1000ドルのコストでシーケンシングできるHiSeq X-Tenを発売したことにより、事実上の「1000ドル・ゲノム」を達成した。また、NIHは、1000ドル・ゲノムプロジェクトの研究助成グラントは昨年のグラント提供をもって終了することを、昨年8月に発表した。これらの発表も含めて、NGS技術の原理も出揃い、ヒトゲノム解読コストも大幅に下がったことから、NGSも一般に普及するステージに入ったと思われ、いわゆる「ゲノム情報活用社会の夜明け」を迎えたともいえよう。
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バイオデジタル革命とは
GOクラブの新シリーズのタイトルを「バイオデジタル革命の夜明け」としたが、タイトル中の「バイオデジタル革命」とは「バイオ+デジタル革命」の造語であり、生物・生命(バイオ)に関わる分野におけるデジタル革命を意味している。「夜明け」という語を用いたのは、上述のようにNGS技術が普及ステージに入ったことに加えて、バイオデジタル情報(=バイオ分野のデジタル情報)を計測・利用するデバイスの開発も進んでおり、バイオデジタル情報が一般市民にとって身近な存在となる時期を迎えたからである。
「デジタル革命」の意味は、 Wikipediaの説明を参照していただきたい。1947年にAT&Tのジョン・バーディーン、 ウィリアム・ショックレー、ウォルター・ブラッテンがトランジスターを発明し、その後1950年代に入り、真空管を利用したコンピュータ、すなわちデジタルデータを計算し、生み出す機械が実用化された。このような歴史的経緯をへて、1950年ころからデジタル革命が始まったといえる。そして、その後、インターネット技術が開発され、インターネット社会が到来した。
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アレクサンドル・ダーレ・オーエンの死を悼む
アレクサンドル・ダーレ・オーエンは、2008年の北京オリンピック、100m平泳ぎで北島康介と競い、第2位になったノルウェーの水泳選手である。オーエンは、2012年のロンドンオリンピックに向けて練習に励んでいた中、2012年4月30日に急死した。死因は、遺伝性のアテローム性冠動脈疾患である。オリンピック選手ほどの頑強な体の持ち主で、綿密な健康診断を受けていたはずのオーエンが、心疾患で急死したことは衝撃である。
オーエンのように、疾病の発症は遺伝的要因が関わる場合が多い。オーエンがゲノム情報解読を受け、心疾患発症の素因が分かっていたなら、日常から留意していただろう。さらに、手軽に常時計測できるウェアラブル・心電図デバイスなどを装着し、異常を検知できていたなら、長生きできた可能性がある。個人ゲノム情報の解読と疾病罹患性の解析については倫理的問題も孕んでおり、多様な議論がなされているが、このようなオーエンの事例を知ると、個人ゲノム情報を基礎として他のバイタルデータを簡易なデバイスで計測することは、積極的に推し進めるべきと考える。
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新シリーズ「バイオデジタル革命の夜明け」で提供する話題
個人ゲノム情報は、体質だけでなく、疾病発症の素因などを解析するために有用な情報である。ゲノム情報の取得のためには、NGS技術は必要であり、当然中心的な存在になるので、新シリーズでも適宜話題を提供していきたい。また、上述したウェアラブル・心電図デバイスなどの話題も提供していく予定である。さらに、ゲノム情報だけでなく、mRNAなどのトランスクリプトーム情報、タンパク質が関わるプロテオーム情報、そして代謝産物が関わるメタボローム情報などの各種オミックス情報も重要なバイオデジタル情報であり、これら多様なバイオデジタル情報を統合化して解析する技術や、ヒト以外の様々な生物に関わるバイオデジタル革命の話題についても、今後紹介していきたい。 |