2014年3月10日月曜日

遺伝子検査・遺伝学的検査・ゲノム診断について考える(2)


 前々回のGOクラブでは、遺伝子検査と遺伝学的検査の違い、ならびに遺伝子の変異について概説した。最近の次世代シーケンシング(NGS)解析により、多くの場合、病の発症原因が個人ごとに異なり、その原因も多様であることがわかってきた。今回のGOクラブでは、この病の原因について概説する。


疾病発症の一般的な原因

  病の発症の一般的な原因としては、両親から受け継ぐ遺伝的要因と出生後の環境要因がある。遺伝的要因については、多くは、前々回のGOクラブで説明した「遺伝子の変異」によるものである。一方、出生後の環境要因については、病原体の感染、化学物質の影響、怪我、生活習慣などが挙げられる。

 しかしながら、NGSによる個人ゲノムの解読が進み、病の発症原因は、極端に言えば個人ごとに異なり、その原因も多様であることがわかってきた。また、病原体の感染が原因だとしても、これまではヒトの病原体はせいぜい100~1,000種程度であろうという印象を持つ方も多いと思う。この件も、以前のGOクラブで、米国ではヒトに感染する病原体のゲノム解読プロジェクトが進行しており、ヒトの病原体は10万種以上存在することを紹介した。NGSなくしては、病原体の感染に基づく病の原因も正確には特定できないともいえる。

ゲノム・遺伝子の変異が原因となる疾病

  疾病発症の原因となる遺伝子の変異は、染色体(DNA)の複製時に一定頻度で塩基配列情報にエラーが入ることにより発生する。なお、ヒト細胞はこのエラーを修復する機構を持っているが、修復過程のミスによってもエラーが起こることが知られている。がんの発症原因の多くは、体細胞の突然変異によるものであるが、この機構によるエラー、病原体の感染、化学物質の影響などにより多種類の変異が誘起されることによる。

 両親から遺伝で受け継ぐ変異ももともとDNAの複製時のエラーによる。よく考えてみれば当たり前のことであるが、このエラーは細胞分裂に伴うDNA複製では、いつでも発生しうるものである。以前のGOクラブでも紹介したが、1個の精子のNGS解析により、各精子のゲノムDNAは両親にないSNV(Single Nucleotide Variation;前々回のGOクラブを参照のこと)を25~36個保有していることが明らかにされている。これまでのNGS解析により、卵子ゲノムDNA中のSNVを含めて、両親にないSNVは1受精卵あたり100個程度存在することがわかっている。なお、分子遺伝学的研究によっても、両親にないSNVの発生率は1世代あたり2×10-8(1個体中120個程度)と推定されていたので、NGSの解析結果とも一致する。このSNVの発生により、各人おおむね1~2個の遺伝子変異が入ることになり、この新しい変異も病の発症の原因となっていることがわかってきた。

 このSNV/変異の発生は、受精後も高頻度で体細胞にも起こるので、我々の体は多数の遺伝的に異なる細胞系列を持っていることになる。この現象を「モザイク」と呼ぶ。受精後、2細胞分裂時に変異が入ることもあるだろうし、体の一部にSNV/変異が入ることもあるだろう。事実、NGS解析により、モザイクが疾病発症の原因となっている例も見つかっている。

単純な変異以外のゲノム・遺伝子の異常が原因となる疾病

  昨年9月13日付のGOクラブで、ダウン症など常染色体(21番、18番、13番染色体)のトリソミーや性染色体の数的異常が疾病の発症につながることを紹介した。また、c-Myc遺伝子の増幅など遺伝子のコピー数異常ががん発症に関わっていることがわかっている。遺伝子のコピー数異常は正確には「変異」に分類できるが、トリソミーのように、遺伝子数が1.5倍になっても、疾病発症につながる場合がある。

 がん発生機構の一部として、DNAメチル化が関わっていることが知られている。これは、プロモーター領域内にあるCG配列(CpG islandsという)のメチル化の状態によりプロモーターの転写活性が制御されることによる。たとえば、がん抑制遺伝子の一つであるMLH1遺伝子のプロモーター領域のメチル化が進むと、遺伝子の発現が抑制され、がん化につながる。また、両親から引き継がれるゲノムDNAのメチル化状態が個人ごとに異なっていることが明らかになっているうえ、DNAメチル化状態が一般の疾病発症にも関わっていることが想定されており、疾病に関わる研究も進んでいる。

 miRNAと呼ばれる小さなRNA分子(20~25塩基)が疾病の発症の原因となることも知られている。miRNAの機能は主に遺伝子発現の抑制であるが、がん抑制遺伝子の発現を抑制することによりがん化に関与することはその好適な事例である。また、加齢性難聴などがん疾患以外の疾患でもmiRNAが発症に関わっていることも明らかになりつつある。DNAのメチル化状態は、メチル化DNAを抗体で沈降させた後にNGSで解析する方法(ChIPシーケンシング)、あるいはDNAのbisulfite処理によりメチル化シトシンをCとし、非メチル化シトシン部位はTとしてNGS解析する方法(Bisulfite Sequencing)を用いて知ることができる。また、PacBioシーケンサーはDNAのメチル化を判別できる方法を使えるほか、一部のナノポアシーケンサーでもメチル化塩基を判別できることが期待されている。

Genetic Disorder(遺伝性疾患、遺伝疾患)

  疾病の遺伝的要因から「遺伝病」という言葉もよく見聞きするが、両親からの遺伝が原因でないゲノム配列の変異が疾病発症の原因となることが多いことがわかり、欧米では、これら疾患を“Genetic Disorder”と呼んでいる。Genetic Disorderは、Wikipediaによると、“A genetic disorder is an illness caused by one or more abnormalities in the genome”(ゲノム中の1つ以上の異常によって引き起こされる疾患)と定義されている。一方で、日本語Wikipediaでは、「遺伝子疾患(いでんししっかん、英: Genetic disorder)」は、「遺伝子の異常が原因になって起きる疾患の総称」と訳されている。“Genetic Disorder” は本来「遺伝性疾患」または「遺伝疾患」であるはずであるが、なぜか日本では「遺伝子検査」と「遺伝学的検査」の違いと同じように、「遺伝子疾患」と呼ぶ場合がある。この実態を踏まえると、日本では、「遺伝子」は「遺伝」のもととなる因子であり、その実体は「DNA」であり、さらに「ゲノム」も「遺伝子」とほぼ同じであるという概念(遺伝子=遺伝=DNA=ゲノム)を持っている人が多いのかもしれない。

NGSが貢献する個人の疾病発症原因の解明

  以上のように、疾病の発症は世代ごとにランダムに発生する変異が主原因であることがわかる。となると、病の発症原因は個人ごとに異なると想定して疾病診断を行うべきであろう。最近のNGS解析の進歩により、膨大な数の疾患原因遺伝子が同定されているし、今後もその同定は急速に増えていく。Cystic Fibrosis(嚢胞性線維症)の場合は、塩素イオンチャンネル(CFTR)遺伝子に変異が入ることが原因であるが、その変異は多種類報告されている。既存の変異の有無だけではCystic  Fibrosisを正確に診断できないことから、次世代シーケンサーを用いた網羅的な解析による診断法の開発が求められていた。Illuminaがこの診断法の開発を進めて、NGSによるCystic  Fibrosisの診断法が昨年FDAから承認を得たことは、すでにGOクラブでも紹介した。また、自閉症(原因遺伝子は100種類以上)のように、発症原因となる遺伝子が多数ある疾病もあることもわかってきている。このように、病とは、原因は多数あるが、フェノタイプとして同じような症状を呈するものといっても過言でないだろう。

 上述のように、両親から引き継ぐ変異、受精卵が持つ両親にない変異、モザイク・体細胞ゲノム中の突然変異、遺伝子のコピー数異常、DNAのメチル化、およびmiRNAの発現の有無がゲノム・遺伝子が関わる病の発症原因となるが、いずれもNGSにより検査・診断を行うことが可能である。さらに、環境要因の一つである病原体の有無や病原体ゲノムのヒト染色体への挿入などもNGSにより解明できる。まさに、疾病診断はNGS活用の時代に突入したといえるであろう。