2014年2月14日金曜日

遺伝子検査・遺伝学的検査・ゲノム診断について考える(1)

 株式会社ジナリスは、テラ株式会社と合弁で、医療機関に対してゲノム診断支援サービスを提供する新会社を立ち上げることになった。この「ゲノム診断」とは、「主に次世代シーケンサーによって個人や癌細胞のゲノム情報を網羅的に解析し、その解析結果に基づいて疾病の診断につながる情報を与える」ことを意味する。GOクラブでは、今回も含めて合計3回に分けて、「ゲノム診断」について「遺伝子検査」や「遺伝学的検査」と比較して論じてみたいと思う。


「遺伝子関連検査」の分類と定義

 最近、新聞やテレビで「遺伝子検査」という言葉をよく見聞きする。遺伝子やDNAに関する検査であれば、ほとんどの場合、区別せずにすべて「遺伝子検査」と呼んでいる。日本医学会を含めて医学関連学会では、遺伝子関連の検査としては次の3種類があることが定義されている。
1)病原体遺伝子検査(病原体核酸検査)
 ヒトに感染症を引き起こす外来性の病原体(ウイルス、細菌等微生物)の核酸(DNAあるいはRNA)を検出・解析する検査
2)体細胞遺伝子検査
 癌細胞特有の遺伝子の構造異常等を検出する遺伝子検査および遺伝子発現解析等、疾患病変部・組織に限局し、病状とともに変化し得る一時的な遺伝子情報を明らかにする検査
3)遺伝学的検査
 単一遺伝子疾患、多因子疾患、薬物等の効果・副作用・代謝、個人識別に関わる遺伝学的検査等、ゲノムおよびミトコンドリア内の原則的に生涯変化しない、その個体が生来的に保有する遺伝学的情報(生殖細胞系列の遺伝子解析より明らかにされる情報)を明らかにする検査
 「遺伝子検査」を英語に直訳すると、“Gene Testing”であるが、欧米ではGene Testingという語はほとんど見聞きしない。日本の「遺伝子検査」なる概念は、歴史を辿れば、1980年後半にPCR(Polymerase Chain Reaction)法の発明により特定のDNAを増幅し、そのDNAを検出したり、分析することが可能になって誕生した語だと思われる。遺伝子の変異の有無、病原体遺伝子の有無、組換え生物における異種遺伝子の有無などを調べる検査、すなわち「特定の遺伝子(およびその遺伝子に由来するDNA)の有無や遺伝子の配列の違い(主に特定の変異)を検査すること」を総称して「遺伝子検査」と呼んでおり、特に「医学領域」とか「ヒト」に限定して用いられる語ではないと思われる。

「遺伝子検査」という語が生む誤解

  省庁や医学関連の学会から「ヒトの遺伝子関連検査」に対して指針やガイドラインが出されている。一般には、「遺伝子検査」自体が問題であるという風潮があるが、まずは、各指針やガイドラインで謳われているように、個人が生来的に保有する遺伝情報、すなわち血縁者にも影響を与えうる個人の遺伝情報の取扱いを問題視している。一般に、上述の「遺伝子関連検査」をまとめて「遺伝子検査」と呼んでいることが多い。このような背景から、日本臨床検査医学会では、「遺伝学的検査」を括弧付きで「生殖細胞系列遺伝子検査」と付記している。このように、我が国で一般に使われている「遺伝子検査」の意味はあいまいになっており、欧米での定義とも一致していない。たとえば、上記の定義からもわかるように、「癌細胞の特定の変異だけ」を調べる検査と「個人の生来の遺伝情報」を調べる検査は、血縁者に影響を与えるか与えないかで大きな差があるが、両方とも「遺伝子検査」と称して大きな誤解を生んでいる。

23andMeの「遺伝子検査?」

  米国のベンチャー企業である23andMe, Inc. (23andMe) は、個人の遺伝情報に基づく体質や疾病罹患性の検査を提供しているが、日本では、23andMeが提供する検査(23andMe自体は、この検査を遺伝学的検査と表示している)のことを「遺伝子検査」と呼んでいる。23andMeの検査については、以前のGOクラブでも紹介し、この連載でも論じる予定であるが、その実態は「遺伝子検査」ではなく「遺伝学的検査」である。したがって、血縁者にも影響を与えうる個人の遺伝情報を安易に取り扱っているので問題視されている。さらに、昨年23andMeのサービスに対して、米国FDAから停止命令が出されたが、その理由は、SNP(Single Nucleotide Polymorphism;一塩基多型)に基づく個人の形質や疾病罹患性の予測に関する精度に問題があることによる。このSNPに基づく個人の形質の予測(疾病罹患性の予測など)をあえて言葉で表現するならば、「主に遺伝子の外(非遺伝子領域)およびイントロンにある遺伝的マーカーの有無に基づいて、対象の形質の有無に関して不確実な予測を行う遺伝学的検査」となるであろう。議論の対象になる点は、下線を引いたピンクの文字の部分である。

 このように「遺伝子検査」という語に対する誤解だけでなく、検査に対する信頼性まで揺らいでいるという状況が発生している。GOクラブでは、今回も含めて3回にわたって、この問題を詳しく考察してみたい。

SNP、SNV、そしてMutation(変異)

  SNP、SNV、変異はどの高等生物についても使える用語ではあるが、ここではヒトに限定して説明を進める。SNPという語は、Wikipediaによると、「ある生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型と呼ぶ」と説明されている。この定義はほぼ正しいが、「変異した」でなく、「変化した」という語を用いるべきであろう。

 SNVは、Single Nucleotide Variant (一塩基バリアント)の略であるが、SNVは個人間で観察される塩基配列の違いを指し示す。したがって、集合関係で言えば、厳密にはSNPはSNVの中に含まれるとも言えるが、GOクラブの記事では、説明をわかりやすくするために、SNP以外に低頻度で観察される個人間のゲノム塩基配列(genomic sequence)の違いをSNVと呼ぶことにする。なお、SNPもSNVも一塩基の違いだけでなく、小さな欠失・挿入も含めるものとする。
 問題は「変異(Mutation)」という用語であるが、塩基の変化により遺伝子やたんぱく質の機能に変化を及ぼすときに、その塩基の変化を「変異」と呼ぶべきであろう。GOクラブでは「変異」をこの意味で使うことにする。

遺伝子と変異

  下図にヒトを含む真核生物の遺伝子の構造を模式化した。遺伝子からは、mRNAなどのRNAが読み取られる。mRNA(下図の水色+青色の部分)からタンパク質が生成するが、遺伝子には、mRNA以外のRNAをコードしているものもある。遺伝子は、古典的には遺伝子の位置(遺伝子座)を表す概念があったが、分子生物学の発展により細菌などの原核生物の構造が解明され、タンパク質やリボソームRNAなどの構造遺伝子を指し示すようになった。したがって、狭義には、遺伝子とは、構造遺伝子を指し、下図では青色の翻訳領域(タンパク質の情報をコードしている領域)を意味することもある。しかしながら、ヒトなど真核生物の場合には、構造遺伝子の発現を調節している部分も含めて、「遺伝子」と呼ぶことが多い。具体的には、下図の灰色以外の着色部分である。遺伝子と遺伝子の間の領域は、「遺伝子間領域」または「非遺伝子領域」と呼ばれ、ヒトゲノムの場合、全体の98%が非遺伝子領域(遺伝子でない領域)であり、遺伝子の領域はわずか2%である。

 












 上図の遺伝子の構造において、(成熟型)mRNAに対応するDNA部分を「エキソン(Exon)」(上図の水色+青色)と呼び、エキソンを分断している非コードDNA部分を「イントロン(Intron)」(上図の橙色)と呼ぶ。プロモーター(上図の緑色)からRNAポリメラーゼにより転写されて生成したmRNA前駆体はスプライシングという機構で、イントロン部分が除かれ、成熟型mRNAができる。リボソームがmRNAの情報を読み取り、タンパク質が生成する。

 さて、「変異」であるが、多くの場合、タンパク質の機能変化につながる変異であるので、mRNAの翻訳領域内の塩基変化であり、かつタンパク質の配列に変化を与えるものを「変異」と呼ぶべきである。その他、遺伝子の発現などに変化を与える「変異」としては、プロモーター領域(上図の緑色)、スプライシング部位(エキソンとイントロンの境界領域)、スプライシングを調整するエキソン内の配列やイントロン内の配列ならびに翻訳開始部位周辺、mRNAの安定性に影響を与えるエキソン内の配列などにおける塩基配列の変化が挙げられる。

 これまでのゲノム研究の結果、SNPのほとんどが「変異」を与えるものでなく、SNVの中に多くの「変異」があることがわかってきた。これが、23andMeなどが提供している遺伝子検査(正しくは「遺伝学的検査」というべきである)における「個人の形質や疾病罹患性の予測に関する精度」の問題につながるが、この問題は今後のGOクラブで概説することにしたい。