TCR・BCRシーケンシングベンチャー勃興の背景
ヒトは生まれた後に非自己の抗原と出会うことにより、TCRの可変領域の配列が異なる何億種類ものT細胞が生まれ、またBCR(または抗体)の可変領域の配列が異なる何億種類ものB細胞が生まれる。TCRとBCRの個々の配列はゲノム配列の再構成や変異導入により異なるので、T細胞やB細胞の抗原特異性については、TCR・BCRのゲノム配列またはmRNA(cDNA)の配列を決定することにより手掛かりを得ることができる。従来技術では3万種類程度のTCRしか同定されていなかったが、次世代シーケンサーの登場により、1000~1500万種類程度のTCRの配列を安価に知ることができるようになった。 この点に着目して、2008年くらいから、TCR・BCRの配列情報を血液腫瘍や自己免疫疾患の診断や治療に役立てることを目指す、Sequenta、Adaptive Biotechnologies、iRepertoire、GigaGen、Atreca、ImmuMetrixなどのベンチャー企業が設立され、活動している。これら企業の中で、SequentaとAdaptive Biotechnologiesは非常によく似た技術とビジネスモデルを持っている。 Sequenta(拠点:South San Francisco)は、Tom Willis博士とMalek Faham博士が2008年にMLC Dx Inc.を設立し、その後に社名を変更して誕生した。なお、GOクラブの調査では、Sequentaは最も早く設立されたTCR・BCRシーケンシングベンチャー企業である。 また、Sequentaがリンパ系腫瘍の治療後に腫瘍の治癒にとって重要な指標となる微小残存病変の検出ビジネスを今年2月13日から開始した。 |
SequentaのTCRシーケンシング技術
Sequentaは、主にTCRβ鎖に注目して配列決定を行っているので、TCRβ鎖の可変領域(VDJ領域)の網羅的配列決定の原理(特に、mRNA由来の再構成VDJ領域)について右図Aを参考にしながら述べる。β鎖を構成する遺伝子については、48種類のV領域があり、定常領域としてはCβ1とCβ2がある。V、D、J、C領域が結合する以外に、VDJのつなぎ目に変異が入ることにより、個々のTCRの多様性を生む。VDJ再構成領域をシーケンシングするには、Multiplex PCR法を用いて、目的領域を均一になるように増幅する必要がある。 Sequentaは、2段階PCR法によりVDJ再構成領域を増幅しているが、1次PCRでVDJ領域を増幅し、2次PCRでIllumina Bridge Amplification用の配列を付加している。1次PCRのForward (F) primerとしては、48種類のV領域を増幅するための34種類の配列(右図の青色)に対してIlluminaシーケンシングに使うV primerの配列(濃紺色)を付加したプライマーを用いる。一方、Reverse (R) primerとしては、Cβ1またはCβ2に相補的な20 bpの配列(右図の橙色)に対してIlluminaシーケンシングに使うJ primerの配列(あずき色)を付加したプライマーを用いる。これらプライマーを利用したMultiplex PCRにより、TCRのVDJ領域を増幅する。 続いて、2次PCRでは、Sequencing用ライブラリーを調製する。Forward primerとしては、V primer(14 bp; 図中の青色)-TAG配列(6 bp; 図中の桃色)-P7(Illumina Bridge Amplicationに使う配列; 図中の黒色)の構造を持つプライマーを用いる。なお、TAG配列は、同じ配列決定レーン中での異なる試料を識別するために導入されている。一方、Reverse primerとしては、Cβ鎖由来の10 bp-17 bp-P5(Illumina Bridge Amplicationに使う配列; 図中の黒色)のプライマーを用いる。なお、17 bpの配列は、J/C結合部位から下流15~31塩基の部分に対応している。 Illuminaシーケンサーを用いて、第1回目のシーケンシングは、J primerを利用して約100 bpのDJ領域の配列を決定する。続いて、TAG primerを用いて、どのサンプル由来の配列か知るための6 bpのTAG配列を決定する。最後に、V primerを利用して、V領域の約100 bpの配列を決定する。 サンプルが染色体DNAの場合には、上右図Bに示すように、Reverse (R) primerとして、TCRβ鎖のJ領域の一部の配列に相補性を持つ複数種のプライマーを用いて、TCRβ鎖の可変領域(VDJ領域)の増幅を行い、Illuminaシーケンサーで配列決定を行う。 (2013/6/25 追記:上記図の一部に間違いがありましたので、修正しました。) |
微小残存病変検出サービスClonoSIGHT
Sequentaは、リンパ系腫瘍で治療法後に発生する微小残存病変(Minimal Residual Disease; MRD)の検出サービス(ClonoSIGHTと命名)を世界に先駆けて提供している。ClonoSIGHTは、治療前に患者から採取して血液と治療後に採取した血液の両方について、TCRとBCRのシーケンシングを行い、TCRとBCRの配列分布を比較することにより、治療後にMRDが発生しているか分析を行うサービスである。 このClonoSIGHTサービスのベースとなる技術は、LymphoSIGHTと呼ばれ、TCRとBCRのシーケンシングを行った後、自社開発のアルゴリズムを用いて配列のレパートリーの比較・分析を行う技術である。なお、LymphoSIGHTに使われるシーケンシング法は、上述の原理に基づいている。従来は、フローサイトメトリーによりMRDの診断を行っていたが、必ずしも検出感度がよくない。フローサイトメトリー法で悪性腫瘍の治療後に骨髄・血液中の腫瘍細胞を検出できない場合でも、LymphoSIGHT技術を用いると、100万細胞中1細胞の感度で腫瘍細胞の残存を検出でき、フローサイトメトリー法と比べて100倍程度感度が向上する。 |
TCR・BCRの次世代シーケンシング技術に関する考察
TCR・BCRシーケンシングに用いるサンプルとしては、mRNAと染色体DNA(gDNA)のどちらも利用することができる。mRNAの場合、cDNAに転換してシーケンシングを行うが、gDNAより量を多く調製できることから、mRNAをサンプルとして利用することが多い。ただし、取得mRNA量が大きく変動したり、PCR時にバイアスがかかるために、complexity(複雑度)が小さくなることが問題になる。一方で、gDNAの場合、complexcityの問題を解決するが、エラー率が高くなりがちである。バイアスも依然として残る。特に、MRDの診断の場合に、PCR反応に伴うエラーや精度が問題になるはずであるが、SequentaのClonoSIGHTサービスの実力は今後明らかになるであろう。 |