2013年5月24日金曜日

PicoSeqの1分子メカニカル同定・シーケンシング技術

 PicoSeqの1分子DNA分析技術については、2013年3月11日のGOクラブでその概要を紹介した。今回のGOクラブでは、Nature Methods誌の2012年3月号に発表された内容をもとに、PicoSeqの1分子メカニカル同定・シーケンシング技術について紹介し、この技術の実用性について考察してみたい。


PicoSeqの1分子DNAメカニカル分析技術の原理

 PicoSeqは、パリ第6大学のCroquetteらの研究グループが開発した1分子DNAメカニカル分析技術であるSIMDEQ (SIngle-molecule Mechanical DEtection and Quantification) 技術を実用化することを目指している。Nature Methods誌の2012年3月号の発表内容をもとに、SIMDEQ技術の原理を説明する。

分析対象の2本鎖DNAの両端に、「ヘアピン構造を持つアダプター」と「5'端にBiotinが付いたアダプタ」を結合する。続いて、このヘアピン型DNAをdigoxigenin (Dig) -dUTPの存在下でDNAポリメラーゼKlenowで処理することにより、3'末端をDigでラベルする(図1) 。

  このヘアピン型DNAの5'端をStreptavidinを持つ磁気ビーズに結合し、3'端を抗Dig抗体(Anti-Dig)を結合したガラス板に結合させる(図1)。磁気ビーズの上方に磁場をかけると、Forceが働いて磁気ビーズが引っ張られるために、DNAが伸長する(図1)。図2aに示すように、22.8 pNの力をかけると、2本鎖部分の対合がほどけ(Unzip)、完全に伸びた構造を取る。

 次に、Forceを11.4 pNに減少させると、分子伸長の距離がZopenに減少し、非常に短い時間だけ距離Zopenを保持する(図2a)。続いて、ヘアピン構造の形成(Rezip)が始めるために、この分子伸長の距離が縮まる。

 図2a中には、ヘアピン型DNAと相補性を持つ2種類の短い1本鎖オリゴDNA(赤と水色;長さはそれぞれ10塩基と11塩基)を加えた実験例を示した。ヘアピン型DNAの1本鎖部分にハイブリダイズするオリゴDNA(赤)が存在すると、Rezippingを邪魔するために、一旦Rezipが距離Zblock1で止まる(図2a)。

 このオリゴDNA(赤)が離れると、さらに別のハイブリダイズしているオリゴDNA(水色)がRezippingを邪魔するために、一旦Rezipが距離Zblock2で止まる(図2a)。このオリゴDNA(水色)が離れると、完全にヘアピン型の2次構造を持つ元のDNAに戻る。このヘアピン型DNAの伸縮過程の距離を時間軸に対してプロットしたグラフを図2aに示した。

 距離は磁気ビーズの垂直方向の位置をビーズ画像イメージをもとに算出するが、その精度は約1 nmである。なお、1本鎖DNAの1塩基の距離は0.42 nmであるが、SIMDEQ法ではRezipしたときに2塩基分動くので、約0.85 nmのビーズ移動が起こる。したがって、この分子伸長の距離は1塩基の精度で測定することが原理的に可能である。

 図2bには、ヘアピン型DNAと相補性を持つ1本鎖オリゴDNA(赤;10 塩基)に隣接して、1本鎖オリゴDNA(水色;7 塩基)をアニールさせた後、DNAリガーゼで2つのオリゴDNAを連結した実験例を示した。この場合には、Rezippingが連結オリゴDNA(合計17塩基)の部分で止まった後、このオリゴDNAが強固な結合を形成し、遊離しないために、分子伸長の距離はさらに縮まらない。この方法により、あるDNA配列(赤)に隣接して水色の配列が存在するかどうかを知ることができる。

1分子メカニカル同定法

 図2aに示す方法により、被験DNA中にオリゴDNAと一致する配列の存在ならびにその配列の位置を知ることができる。また、図2bの方法を使うと、目的部位に変異があるかどうか調べることもできる。具体的には、7塩基のオリゴDNAの真ん中の塩基に多型がある場合、塩基が一致した場合が変異型とすると、10塩基と7塩基のオリゴDNAは結合するので、分子伸長の距離はZblock1で止まる。

1分子メカニカルシーケンシング法

 前回のGOクラブでは、SIMDEQ法を用いて1分子DNAシーケンシングを行えるかはっきりしないと述べたが、Nature Methods誌の2012年3月号には、1分子DNAシーケンシングを行えることが示されている。

(方法1)ハイブリダイゼーション法を用いた1分子シーケンシング1
 Pialakらは、マイクロアレイとラベル化した5-merオリゴDNA(512種類+70種類)を用いて、ハイブリダイゼーション法によるDNAシーケンシングを行えることを示した。SIMDEQ法では、ハイブリダイズするオリゴDNAの存在だけなく、その位置も正確にわかるので、1分子レベルでのシーケンシングは原理的に可能である(ただし、論文では実証されていない)。

(方法2)ハイブリダイゼーション法を用いた1分子シーケンシング2
 McNallyらの方法〔Nano Lett. 10, 2237 (2010)〕を用いて、各塩基を8-merのホモポリマーに変換した後、8-merのホモポリマーを用いるハイブリダイゼーション法により1分子シーケンシングが正確に行えることが示されている。具体例としては、31 bpのDNA中の各A、C、G、TをそれぞれA8、C8、G8、T8に転換し、243 bpのDNAを作成した。このDNAについて、4種類の8-merのホモポリマーがハイブリダイズする位置を同定することにより、31 bpの配列が正確に決定できることが示されている。

(方法3)ライゲーション反応を用いた1分子シーケンシング
 図2aに示した変法として、Mirらが開発したCycLiC法SIMDEQ法と組み合わせることにより、1分子シーケンシングが精度よく実施できることが示された。具体的には、7番目の塩基が一意に決まっており(たとえばA)、かつ6番目の塩基がRNAである7塩基のオリゴDNA(5'-NNNNNNrA-3'; 図2a中の水色に相当)をリガーゼで結合した後、RNase処理を行う。すると、2番目の塩基で切断されるために、1番目の塩基のみ残る。次に、5'末端を酵素でリン酸化すれば、次のリガーゼ反応が行える。この一連の反応により、分子伸長の距離は、7塩基伸びた後に6塩基だけ減少する。なお、5'-NNNNNNrA-3'、5'-NNNNNNrC-3'、5'-NNNNNNrG-3'、5'-NNNNNNrT-3'を用いた4種類の反応を行うことにより1塩基を決めることができる。実際には、論文では8塩基の配列を完全に決定できたことが示されている。エラー率は約1%であり、1分子シーケンシング法としては現段階では精度が高い。

今後の展望

 SIMDEQ法を用いて1分子シーケンシングを行えることを紹介したが、他の次世代シーケンシング法と利点・欠点について考察してみたい。

(利点)
・ 方法3の「ライゲーション反応を用いた1分子シーケンシング」を用いると、エラー率は約1%であり、現段階ではRawデータレベルの精度は最も高い。
・ SOLiDシーケンシングやIlluminaシーケンシングの場合、各反応ごとに100%正しく反応が起こらないので、反応回数が多くなるにつれて、シンクロナイズしなくなる。一方で、SIMDEQ法の場合には、上述の原理から、このシンクロナイズしなくなる問題は発生しない。すなわち、酵素反応が進んでも、劣化が起こらないので、配列長が長くなっても、精度が悪くならない。
・ ハイブリダイゼーション法を用いたシーケンシングの場合には、同じ1分子DNAを何度も分析できるので、精度を向上できることが期待できる。
・ なお、Croquetteらの研究グループは、ライゲーション反応を用いたシーケンシングの方が有望であることを論文では考察している。

(欠点)
・ 長さが長くなると、ビーズのブラウン運動などの影響が大きくなり、距離が不正確になる。現段階の見込みでは、ハイブリダイゼーション法のリード長は1,000 bp程度になるであろう。ただし、ライゲーション法では、1塩基決めるのに4種類の反応を行う必要がある上、1塩基ずつ伸長させるという逐次型の反応となるので、リード長としては、当面100 bp程度にとどまるであろう。
・ 一回で解析できるビーズの数は意外と少なく、1,000オーダーで、これが他の次世代シーケンサーの方法のように百万以上のオーダーに到達させることは困難である。ヒトゲノムの再配列決定が行えるほど十分な塩基配列の出力を得るにはほど遠い。
・ 2次構造があると解析が困難になる。
・ Sample-to-Answer型シーケンサーの開発が今後進んでいく中で、SIMDEQ法の場合には、サンプルDNAを断片化し、精製する必要があること、さらにアダプターを結合する必要があることなど、サンプル調製が煩雑であることが欠点となる。

 以上の考察より、市販の次世代シーケンサーの性能、ならびに発売が予定されているOxford Nanoporeのナノポアシーケンサーの性能などと比較した場合、SIMDEQ法による1分子メカニカルシーケンシングは、他の有望視されている次世代シーケンシング法と競争することはかなり厳しいであろう。したがって、NABsysが発売を目指している1分子DNA分析機器 NPS 8000と同じような用途では競争力を持つものと期待される。