2013年5月10日金曜日

ナノポアセンサーを用いたタンパク質分析の進展

 最近、Univ. of California, Santa CruzのAkesonらのグループが、Unfoldaseの一種である大腸菌ClpXタンパクを分子モーターとして、タンパク質の高次構造を解きほぐしながら、そのタンパク質をナノポアを通過させることによりセンシングする技術を発表した。今回のGOクラブでは、この技術内容を概説するとともに、ナノポアセンサーを用いたタンパク質分析の進展についてまとめてみたい。


ナノポアセンサーとClpX分子モーターの利用によるタンパク質分析

「ナノポアセンサーを用いたタンパク質のシーケンシング法」の開発を進めているAkesonらのグループは、大腸菌のタンパク質分解システムのコンポーネントであるClpXタンパク(ATPの加水分解エネルギーを利用してタンパク質の高次構造を解きほぐす活性を持つ)を用いて、タンパク質の高次構造を解きほぐしながら、α-Hemolysin (α-HL) ポアの中を分析対象のタンパク質を通過させ、脂質2重膜のtrans側に送り出す技術(右図参照)を開発し、その内容をNature Biotechnology誌の2013年3月号に発表した。以下に、その技術を概説する。

 ナノポアDNAシーケンサーと同じく、α-HLポア(右図の灰色部分)を埋め込んだ脂質2重膜(右図の黄緑色部分)を介して上下のチャンバーにKCl 緩衝液を満たし、電圧をかけてcis側からtrans側に分析対象のタンパク質の移動を試みた。

 分析対象のタンパク質として、98アミノ酸残基 (aa) のSmt3タンパク(ユビキチン様タンパクの一種; 右上図のピンク色部分)の誘導体を用いた。このSmt3誘導体は、α-HLポアを通り、trans側(+電極側)に移動しやすくするために、21個のSer、31個のGlyおよび13個の酸性アミノ酸Aspから成る長さ65 aaのリンカーペプチド(右上図の水色部分)がSmt3のC末端に付加されている。さらに、このリンカーペプチドのC末端には、ClpXにより認識される11 aaのペプチドタグ(ssrA peptide tag;右上図の赤色部分)が付加されている。

(a) 電圧をかけたところ、タンパク質がα-HLポアに入り込んでいない状態では、約34 pAのイオン電流値が観察された。

(b) リンカーペプチドはマイナス電荷を帯びているので、+電極側に引き寄せられる結果、C末端側(ペプチドタグ+リンカーペプチド)がα-HLポアの中に入り、Smt3タンパク部分がα-HLの上部を塞ぐ。その結果、イオン電流が流れにくくなり、電流値は約14 pAに低下した。

(c) trans側のチャンバーには、ClpXタンパクとATPが含まれており、Smt3誘導体のC末端がtrans側に到達すると、そのClpX認識タグにClpXタンパクが結合した複合体を形成する。このときに、電流値はさらに低下し、約10 pAになった。

(d) 続いて、ClpXタンパクがSmt3誘導体をATP加水分解のエネルギーを用いて引っ張るために、Smt3誘導体はSmt3部分の高次構造が解きほぐれながら、α-HLポアを通過する。このときの電流値は約3.8 pAであった。

(e) Smt3誘導体が完全にα-HLポアを通過し、trans側に移動すると、電流値は元の値である約34 pAに戻った。

 このSmt3誘導体のN末端に、「Smt3-65 aaリンカーのタンパク質」または「Smt3-148 aaリンカー」のタンパク質を付加した別の誘導体を作成し、同様のナノポア通過実験を行ったところ、これら誘導体のナノポア通過に伴って、構造領域に特徴的な電流値の変化が観察された。一方で、ClpXタンパクを加えなくても、Smt3誘導体は構造が自然に解きほぐれながら、ナノポアを通過することができたが、単純な電流値の変化しか観察されなかった。

 これらの結果から、Akesonらは、ClpXタンパクを用いることにより、タンパク質をナノポアを通して送り出すこと以外に、タンパク質の構造領域に特徴的な電流値が観察できると述べている。

これまでの知見

 以下に、タンパク質ナノポアセンシング技術に関するこれまでの報告についてまとめる。

(1) Toddらは、コラーゲン様の人工ペプチド(Gly-Pro-Proの繰り返し配列)を脂質2重膜中のα-HLポアに入れたときに、電流がブロックされることを観察した(2004年)。これが、初めてナノポアを用いて1分子のペプチドを検出した例である。

(2) Siwyらは、タンパク質ナノポアでなく、表面に修飾を施した「円錐形のゴールド・ナノチューブ」を用いて、タンパク質がナノチューブと結合した状態を解析できることを報告している(2005年)。

(3) Fologeaらは、ソリッドステートナノポアを用いてウシ血清アルブミン(BSA)を分析することにより、unfolded、partially folded、およびfoldedの状態の違いを電流変化で識別でき、さらにフィブリノーゲン分子とBSA分子を識別できることを報告した(2007年)。

(4) Oukhaledらは、大腸菌Maltose Binding Proteinをグアニジン塩酸中で変性させ、電圧をかけると、脂質2重膜中のα-HLポアを通過し、電流値が減少することを観察した(2007年)。

タンパク質・ナノポアシーケンシングまでの道のり

 以上、これまでの研究成果から言えることは、ナノポアセンサーを用いて、特定のタンパク質をトラップした後に、そのタンパク質を1分子レベルで検出したり、カウントしたりすることは可能になった。また、Akesonらのグループが、単なる1分子のタンパク質の検出だけでなく、タンパク質の構造領域に特徴的な電流値を観察できたが、タンパク質のアミノ酸配列決定(Protein Sequencing)を可能にするには、少なくとも下記の4つの問題・課題を解決する必要があり、かなり遠い道のりを歩まなければならないだろう。

(1) 上述のAkesonらの研究では、タンパク質をtrans側に効率よく移動させるために、負電荷を増加させた人工ペプチドを付与した修飾タンパク質を用いていることから、野生型タンパク質でもその移動効率を向上させる手法を開発する必要がある。

(2) 彼らの研究では、ClpXタンパクによる認識タグを付与したタンパク質を用いており、分析可能なタンパク質は、ClpXタンパクにより認識されるものに限定されるという問題がある。

(3) DNAシーケンシングでは、4種類の塩基の識別でよいが、タンパク質のシーケンシングでは、20種類のアミノ酸を識別できる必要がある。

(4) アミノ酸配列を決定するには、1アミノ酸残基の精度でアミノ酸配列を解読する必要がある。