前回の記事では、合成生物学技術を活用した研究開発と事業を推進するベンチャー企業(以下、合成生物学ベンチャーという)の雄であるSynthetic Genomics, Inc. (Synthetic Genomics) の取り組みを紹介した。Synthetic Genomicsに続いて、米国を中心に合成生物学ベンチャーが多数設立され、研究開発を推進しているが、最近、サンプル処理や分注を自動化して大規模に有用微生物を育種する合成生物学ベンチャーの活動が活発になっている。今回の記事では、特に注目を集めている合成生物学ベンチャーであるGinkgo BioWorks, Inc.とZymergen, Inc.の活動内容を紹介したい。
Ginkgo BioWorksの最近の話題
Ginkgo BioWorks(本社:米国Boston市)は、MITの研究者が2008年に立ち上げた合成生物学ベンチャーで、実験の自動化技術により香料などを生産する微生物の育種を行っている。生命科学分野の研究における「実験の自動化」、すなわちサンプル処理、反応液の分注、活性測定などの操作をロボット機器を用いて自動化することは1990年代から行われている。この自動化技術が最近再度注目されている理由としては、他の分野でロボティクスやデータマイニングなどの技術で急速な進歩が起きていることが挙げられる。
Ginkgo BioWorksは、米国の著名なニュース専門放送局であるCNBCが企画した「2016 Distruptor 50社」の1社として選ばれている。CNBCの記事によると、Ginkgo BioWorksは、Fortune 500 companiesを含めて20社以上と契約を締結しており、大手農業企業と有機殺虫剤の開発、そして大手飲料企業と甘味物質の開発を進めていることが明らかにされている。また、Ginkgo BioWorkは、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)と契約を締結して抗生物質耐性菌に対して使う化学物質を生産する微生物育種プロジェクトを推進している。
Ginkgo BioWorksは、2015年3月にシリーズAの投資資金として9百万ドルを得て、大規模自動化を核とする微生物育種のためのファンドリー(受託生産工場)であるBioWorks1を建設した。続いて、2015年7月にはシリーズBの投資資金として45百万ドルを調達し、研究開発の加速化と第2のファンドリー(BioWorks2)を建設する予定である。また、2015年8月には、Ginkgo BioWorksは味の素株式会社との提携を発表した。提携の内容は、Ginkgo BioWorksの自動化技術を発酵生産菌の育種改良に活用することである。さらに、ごく最近(2016年6月)、シリーズCの増資として100百万ドルという大型の資金調達を行った。この超巨額の資金を用いて、6億ベースの合成DNAを外注し、有用化学品の生産に利用する遺伝子を合成することを計画している。また、この資金の一部は第2のファンドリー(BioWorks2)の建設の一部にも用いる予定である。合成DNAはTwist BioscienceとGen9に外注するが、6億ベースのうち4億ベースの合成DNAは2017年中に納品される予定である。 Ginkgo BioWorksは、これまで香料、化粧品素材、甘味料などスペシャリティー化学品をターゲットとしてきたが、シリーズCの資金を得て、コモディティー化学品、工業用酵素、医療分野の製品を生産する微生物の育種を目指すことを発表した。
Zymergenの最近の話題
Ginkgo BioWorksに対抗する合成生物学ベンチャーとして、米国西海岸のEmeryville市に拠点を置くZymergen(2013年に設立)が挙げられる。ZymergenはGinkgo BioWorkとほぼ同じビジネスモデルを持ち、大規模自動化をベースとする化学品生産微生物の育種の開発を推進している。Zymergenは、著名なバイオ化学品ベンチャーであるAmyris, Inc.のメンバーであったZach Serber氏とJed Dean氏が中心となって立ち上げたベンチャーである。皮肉なことに、ごく最近(2013年6月)、AmyrisはGinkgo BioWorksとの提携を発表している。
Zymergenは、微生物育種の自動化のためのロボットなどの設備を設置するために、2015年6月にシリーズAの投資資金として約44百万ドルを調達した。この設備を用いて、Ginkgo BioWorksと同様に、スペシャリティー化学品や医療分野の製品からコモディティー化学品に至るまで、種々のバイオ化学品を生産する微生物の育種を進めている。
Ginkgo BioWorksとZymergenの開発戦略に関する考察
Ginkgo BioWorksとZymergenのように、遺伝子合成と実験自動化技術を用いて大規模に目的化学物質を生産する微生物を育種することは、どの程度効率がよいものであろうか。
過去のバイオ化学品大量生産菌のゲノム育種では、数多くの課題が生じ、課題解決に長期間の開発が必要であることに、目的化学品を生産する微生物を得ることは容易であろうが、大量生産菌を得ることは容易ではないと推察する。この問題については、科学誌Natureの2010年1月20日付の記事でも議論されている。この記事によると、解決が容易でない以下に示す5つの課題が存在すると述べられている。
1.ゲノム育種に用いる多くのパーツは十分に解析されていない。
次世代シーケンサーの発達に伴い、多様な生物の大規模なゲノム情報が産生され、目的化学品の生産に利用できる酵素遺伝子の候補となりうるパーツは膨大な数明らかになっている。しかしながら、多くのパーツの機能については十分に解析されていない。
2.多数のパーツにより構築する代謝経路の挙動はは予測不可能である。
たとえ各パーツの機能がわかっていたとしても、複数のパーツは期待通り相互に作用するかどうかは不明である。合成生物学の研究者も、この問題の解決にはトライ・アンド・エラーが必要であることをしばしば経験している。
3.生命システムの複雑性は機械と対比すると極めて大きい。
生命システムの複雑性により、目的化学品の生産性を上げることは容易ではない。
4.多くのパーツは和合しない。
現存する野生型微生物内の代謝経路は各パーツが連携して機能するように進化してきた。一方で、異なる微生物のパーツを組み合わせて代謝経路を構築した場合には、多くのパーツは和合しないことが多い。
5.構築した代謝システムは変動しやすく、うまく機能しないことが多い。