2016年7月29日金曜日

合成生物学ベンチャー(1):Synthetic Genomicsが先導するブレイクスルー

 前回のGOクラブでは、Oxford Nanopore Technologies の最新の動向をもとに、次世代シーケンシング技術を中心とするオミックス技術の発展に加えて、大規模かつ安価な遺伝子・DNAの合成が可能になり、合成生物学をベースとするビジネスが急成長することを紹介した。今回のGOクラブでは、合成生物学領域の技術(以下、合成生物学技術と略す)を活用した事業推進を先導してきたベンチャー企業であるSynthetic Genomics, Inc. (Synthetic Genomics) の取り組みを紹介する。


J. Craig Venter氏がSynthetic Genomicsを設立

  ヒトmRNA由来のcDNAの断片(EST;Expressed Sequence Tags)の網羅的配列決定と特許出願、ショットガン・全ゲノムアセンブリー法によるインフルエンザ菌の全ゲノム配列決定、Celere Genomics設立とヒト全ドラフトゲノム配列決定、Sargasso Seaのメタゲノム解析、マイクロバイオームの解析など、数々の世界初の偉業を打ち立てたJ. Craig Venter氏が、合成生物学をベースとして新しい流れのビジネスを開拓するために、2005年にSynthetic Genomicsを設立した。また、J. Craig Venter氏はゲノム研究を行う非営利の研究所であるJ. Craig Venter Intsituteを2006年に設立し、同研究所は2008年に細菌(Mycoplasma genitalium)の全ゲノム配列の人工的合成を成し遂げた。また、同研究所は2010年に合成ゲノムをゲノムが空になったMycoplasma菌に導入することにより、生命を人工的に創製することも成し遂げた。このように、J. Craig Venter氏は合成生物学の先駆者といえよう。
 合成生物学技術の応用に関しては、Synthetic Genomicsが多様なバイオビジネスを企画し、先導している。日本で藻の育種によるバイオ燃料の製造ビジネスが脚光を浴びているが、この流れを作ったのも、Synthetic Genomicsである。Synthetic Genomicsは、バイオ燃料の製造以外に、バイオ化学品生産、サプリメントの生産、ワクチン、人工ファージを用いた感染症治療、DNA合成ビジネス、豚を使った人工臓器の製造など、合成生物学技術を用いた研究開発と事業を拡大している。Synthetic Genomicsは現在3つの子会社(Genovia Bio、SGI-DNAおよびSynthetic Genomics Vaccine Inc.)を傘下に置いて事業を推進しており、以下に各組織の事業内容を説明する。

Synthetic Genomicsの子会社Genovia Bioの事業

 1.藻によるバイオ燃料の生産
 Synthetic Genomicsは2009年7月にExxonMobilから今後計600百万ドルの資金を得て、藻を改良し、安価にバイオ燃料を生産する研究開発を推進するという衝撃的な発表を行った。その後、2012年5月には、藻によるバイオ燃料の生産を行うために、42個の池を持つ約33万m3の土地(場所:Southern California's Imperial valley)を購入したことを発表した。その約1年後に、この藻によるバイオ燃料生産の研究開発について、ExxonMobileは約4年間に渡って100百ドル以上を投じたが、経済的にコストが見合うバイオ燃料生産に到達していないことを明らかにした。同時に、Synthetix Genomicsは、ExxonMobilから研究資金を得て、今後バイオ燃料生産性を上げるために、藻の代謝系の基礎的な研究に力を入れることが発表された。なお、現時点でも藻によるバイオ燃料の生産については経済的に見合う技術は確立されていない。
2.藻によるタンパク質の生産
 Synthetic Genomicsは、藻を用いてバイオ燃料だけでなく、野菜・作物由来のタンパク質を安価に大量に生産する研究も推進している。本研究の詳細は明らかにされていないが、出願特許WO2016015013 (訂正:以前記載のWO 2014046543は別組織が出願した特許でした) によると、藻自体を食用にするのではなく、藻によって生産されるタンパク質を抽出・精製して食品とするので、いわゆる組換えダイズのような遺伝子組換え食品でない形態の製品の開発を目指しているようである。
3.サプリメントの生産
 Synthetic Genomicsは、2014年5月にArcher Daniels Midland Companyと共同で、著名なサプリメントであるDHA (Docosahexaenoic Acid) を藻によって安価に生産する技術を開発することを発表した。その翌月には、Avoca, Inc., a division of Pharmachem Laboratories, Inc.,との共同で、アスタキンチンを藻によって安価に生産する技術を開発することも発表した
4.微生物燃料電池の開発
 Genovia Bioは事業ユニットであるAquacelaにて、Shewanella菌を用いて、有機物を含む排水を処理しながら発電するという微生物燃料電池の開発を進めているShewanella菌は嫌気的な環境下で呼吸し、電極に電子を渡すことにより発電を可能にする。本事業は、発電に加えて排水中の環境汚染物質の処理も同時に行うことも目指している点が素晴らしい。
5.植物の育種
 Synthetic Genomicsが2011年に設立したAgradisでは、作物の育種、作物の生育に益する土壌微生物の研究、および唐胡麻とスイートソルガムの育種を進めてきた。Synthetic Genomicsは、唐胡麻とスイートソルガムの育種研究は2013年に設立したAgracast(Agracastは現在Genovia Bioの事業ユニットとなっている)に承継し、これ以外のプロジェクトは、2013年1月にMonsantoによって買収された

Synthetic Genomicsの子会社SGI-DNAのDNA合成事業

 Synthetic Genomicsは、Mycoplasma細菌の全ゲノムDNAを合成し、このゲノムDNAを空の細胞に移入し、人工生命を誕生させることに成功している。また、J. Craig Venter InstituteのDaniel Gibsonは、画期的かつ簡便なDNAの連結法(Gibson Assembly法)を開発し、本方法はキット化されて誰もが簡便に利用できるようになった。Synthetic Genomicsは、2012年9月にドイツ企業であるFebit Holding GmbHから、超並列でエラーフリーのオリゴDNAを安価に合成できる技術を取得した。Synthetic Genomicsは、これらの知的資産をもとに、DNA合成関連事業に特化した子会社であるSGI-DNAを2013年2月に設立した。SGI-DNAは、合成生物学ベンチャーの1社であるGen9, Inc. から合成生物学技術のライセンスを受けて、DNA合成関連事業の強化を図ることにより、合成生物学領域におけるDNA合成事業では突出したポジションを確立した。

Synthetic Genomicsの子会社Synthetic Genomics Vaccines, Inc. の事業

 1.ワクチンの開発と製造
  Synthetic Genomicsは、J. Craig Venter Instituteと共同で、次世代ワクチンを開発するために2011年9月にSynthetic Genomics Vaccines, Inc. (SGVI)を設立した。また、SGVIは新型ウイルスの発生により脅威をもたらすインフルエンザ・ウイルスどの感染を防御するためのワクチンをNovartisと共同で開発することも発表した
2.人工ファージを用いた感染症治療
 過去に膨大な種類の抗生物質が創製され、感染症治療に対して大きな貢献がなされた。一方で、抗生物質に対する多剤耐性菌の出現により抗生物質による治療も限界が見えている。このような背景の中、細菌を殺すファージに着目し、特定の細菌を殺すファージを人工的に創製して、感染症治療に応用しようという試みをSGVI が推進している

豚を使った移植用臓器の生産

 Synthetic Genomicsは、上述した微生物や植物を用いた物質生産以外に、豚を用いた臓器(特に肺)の生産のに関する研究開発も進めている。United Therapeutics Corpと提携して、ヒトの免疫システムにより攻撃されないように、遺伝的に改変した豚を作製し、その豚由来の肺を末期の肺疾患患者に移植することを目指している。