プレシジョン医療の3つの特徴
今年2月6日付のGOクラブで、「米国が推進する“Precision Medicine”について考える」というタイトルで、プレシジョン医療(Precision Medicine)の概要を紹介した。米国オバマ大統領が"Precision Medicine Initiative"の推進を発表した後、プレシジョン医療の意味や内容について議論が盛んになっており、医学雑誌にも以下の3報を含めて複数の論文が発表されている。
・A New Initiative on Precision Medicine. N Engl J Med 2015; 372:793-79 (2015)
・Precision Medicine - Personalized, Problematic, and Promising. N Engl J Med 372:2229-2234 (2015)
・Is precision medicine the route to a healthy world? Lancet 385, 1617 (2015)
次世代シーケンサーを用いた個人ゲノム情報解読を核とする新しい医療については、少なくとも米国では「プレシジョン医療」という名称で統一しようという方向性が出されている。GOクラブとしては、種々の情報を総合すると、「新しい医療」すなわち「プレシジョン医療」は、「疾病の新しい分類」、「市民・患者参加型の医療」、「従来の疾病治療に予防医療と自主的ヘルスケアを合わせた医療」という3つの特徴を持つと考える。なお、以前のGOクラブでは、Precision Medicineの日本語訳として「適確医療」という語を提案したが、当面の間「プレシジョン医療」という語を使うことにしたい。
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プレシジョン医療:疾病の新しい分類体系の確立
今年2月6日付のGOクラブで、プレシジョン医療のエッセンスは、「特定の疾病の罹患性について患者/潜在的罹患者をサブグループに分け、そのグループごとに適切な治療法や発症予防法を開発するものである」と述べた。プレシジョン医療では、診断技術などの急速な進歩により、個人ゲノム情報を中心とするビッグデータが生み出され、そのビッグデータに基づく「疾病の新しい分類体系」の確立を目指している。ビッグデータとしては、マルチオミックス情報、カルテ情報、各種診断機器のデータ、モバイル機器からのデータなど多様なデータを包含する。
また、疾病の発症は遺伝的要因だけでなく、環境要因も関わってくる場合が多いことから、個々人が外部から影響を受ける多様な要因(Exposomeと呼ぶことがある)に関わるデータの取得・収集もプレシジョン医療の確立・推進にとって重要になる。
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プレシジョン医療:疾病治療+予防医療・先制医療+自主的ヘルスケア
プレシジョン医療では、上述のようにビッグデータに基づく疾病の新しい分類体系が確立することから、病状分析と疾病進展予測だけでなく、疾病発症予測なども可能となる。したがって、従来は、体の具合が悪くなってから医療機関を訪問して診療を受けるという「疾病治療」が中心であったが、プレシジョン医療では、疾病の新しい分類に基づく疾病治療に加えて「予防医療・先制医療」の実施も目指す。また、個々人のビッグデータに基づく健康に関する情報も得られることから、「自発的な健康管理」も一層推進されることが期待されている。 |
プレシジョン医療:市民・患者参加型の知識ベースの構築
疾病の新しい分類体系を確立するには、行政やアカデミアが中心となって進めるコホート研究が重要な役割を果たす。また、インターネットの活用により、市民・患者が自主的に各人の情報を提供し、疾病・ヘルスケア研究を推進しようというムーブメントも活発化している。わが国では、国の財政状態が悪化していることから、公的資金により大規模な疾病コホート研究を推進することが容易でなくなりつつある。この状況から、市民・患者が自主的に参加し、民間資金により疾病の新しい分類体系の確立を推進する活動が今後ますます活発化することを期待したい。また、ゲノム情報の解読などで疾病発症が予測することが可能になることから、発症予測検査を受けた人について将来の発症に関する記録を残すことは疾病の診断に役立つであろう。したがって、市民・患者参加型の知識ベースの構築はプレシジョン医療を支える大きな資産となるはずである。 |
情報革命の世紀における新しい医療の姿
コンピューター、情報処理技術、インターネットの発展が様々な産業に対して破壊的な影響を与えている。プレシジョン医療に関する昨今の関心と議論は、この情報革命の大波がついに医療の世界にも本格的に影響を及ぼし始めたことを反映しているともいえる。近い将来医療が大きく変貌するのではないかという期待と不安が入り混じった時代を迎えた。医師や医療機関でない企業や組織が疾病の診断を行うかもしれないという懸念も叫ばれている。はたしてプレシジョン医療が実現したら、病院での診療が大きく変わってしまうのであろうか? GOクラブの推測では、将来病院を訪問したら、疾病の診断手段が大きく変わっていることに気が付くが、医師が診断を下し、患者が投薬や手術を受ける光景は変わっていないと考える。診療と一般のヘルスケアの境目がなくなるという話も聞くが、疾病の診断・治療を行うのは、医師であることには変わりないと思う。したがって、医療機関でない企業や機関が疾病の診療に関わることは認められないと推察する。また、疾病の分類が大きく変わり、ビッグデータ解析に基づいて疾病の適確な診断が行われる以外は、医師が疾病の診断・治療を行うことには変わりはない。ただし、一般市民はインターネットなどを介して、疾病やヘルスケアに関する洪水のような情報を得ることができ、自身で疾病予防や健康維持に立ち向かう姿勢がより求められるようになるはずである。
個別化医療やオーダーメイド医療という概念が広がったときには、個人間のゲノム配列の違いをもとに個人に適した治療薬や治療法を開発したり、医療措置を施すことが医療の中心になると考えられた。一方、プレシジョン医療(適確医療)では、従来の疾病の分類体系がオミックス情報を主とするビッグデータに基づいて、より適確(的確)な 疾病の分類体系に変わるだけである。すなわち、各患者の病気が新しい疾病の分類に基づいて、どの疾病サブグループにあてはまるかを適切かつ正確に診断した後、経済的観点や患者の要望も総合して、各サブグループに適合した医療措置を選択することになる。この意味で、個別化医療やオーダーメイド医療という語でなく、プレシジョン医療という語の使用が提案されている背景がある。
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