わずか10分でサンプル調製
Oxford Nanoporeは、今年5月に開催したLondon Callingで、わずか10分で、口腔内細胞から全自動でシーケンシング用サンプルを調製できる装置“Voltrax”を発表した。多くの人が臨床現場や野外で手軽にシーケンシングできることを夢見ていたと思うが、その夢がついに実現する。Voltraxは、迅速、プログラム可能、ポータブルかつディスポーザブルの4つの特徴を有する。Voltraxは、MinIONデバイスまたはPromethIONデバイスに装着するだけで利用できる。処理できるサンプル数は6~12個である。Oxford Nanoporeのナノポアシーケンサーでは、同じDNAを両方向から塩基配列を読むことができ、これを2Dリードと呼ぶ。一方、片方向だけの塩基配列の解読は1Dリードと呼ぶ。Voltraxを用いてサンプル調製を行う場合、1Dリード用のサンプル調製には10分(以内)、そして2Dリード用のサンプル調製には1時間かかる。血液についても直接自動的にサンプル調製ができるらしい。
またOxford Nanoporeは、MinIONデバイスを用いて1つのサンプルのシーケンシングを終えた後、同じMinIONデバイスを用いて再度別のサンプルのシーケンシングを行うための洗浄キット“Wash Kit”、そして複数のサンプルを一度にシーケンシングするための“Barcoding Kit ”(各サンプルのDNAにバーコードを付加するキット)も発表した。
Oxford Nanoporeのナノポアシーケンサーを使った場合、“Metrichor”と呼ぶクラウド・コンピューティング型のデータ解析環境が提供されているので、野外でもインターネットが通じる場所であれば、MinIONとVoltraxとノートパソコンがあれば、サンプル調製を始めてから最短40分で塩基配列が得られることになる。まさに革新的であるといえよう。
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ユーザーの協力を得て課題を解決
前回のGOクラブで、MinIONアクセス・プログラム (MAP)を介して、ユーザーと一体になった機器利用を推進していることを述べたが、この取り組みにより、Oxford Nanoporeはユーザーと双方向で迅速に情報交換を行えるので、シーケンシング手法などについて多様なアプリケーションをユーザーが積極的に開発できる環境が提供されている。特に、University of BirminghamのNicholas J. Lomanらは精力的にアプリケーションの開発を行っており、精度の高い細菌ゲノム全配列解析方法などを発表している。なお、2015年6月23日時点で、すでに22報の論文が発表されている。付属のソフトウェアであるMinKNOWには品質管理上の各種データを収集する機能があり、収集したデータはユーザーのトラブル解決やシーケンシング上の改善に役立てられるとしている。また、Metrichor (シーケンシングデータのリアルタイム解析用Webサイト)はユーザーグループがプロジェクトを共有できるように設計されているほか、解析の際のメタデータを追跡する機能があり、ユーザーは解析結果とともに各種メタデータを蓄積していくことで、解析の予測精度を向上させることができる。 |
PromethIONのアーリー・アクセス・プログラム
以前のGOクラブで、MinIONデバイスの上位機種にあたるPromethIONデバイスについて紹介した。PromethIONには、合計144,000個のナノポアを持つので、リード速度が毎秒500塩基のモード(Fast Modeと呼ぶ)で動かすと、1日あたり約5 Tbの配列を出力できる。Illuminaの最新機種HiSeq Xの一日あたりの塩基配列出力は約0.6 Tbであるので、PromethIONは、HiSeq Xの10台セット(HiSeq X Ten)と同等の塩基配列出力性能を持つと推測される。
このIlluminaの大型機HiSeq X Tenに相当するPromethIONがどういう形態で利用できるようになるか興味津々であった。Oxford Nanoporeは、今年5月のLondon Callingで、MinIONのアクセス・プログラムと同様なアーリー・アクセス・プログラム“PEAP”でPromethionが利用できるようになると発表した。すなわち、Oxford Nanoporeに注文すれば、直接空輸と宅配などを介して直接ユーザーの手元にPromethIONが届くので、まさに革新的であるといえよう。
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今後の展望
Oxford Nanoporeの革新性はまだ続く。Oxford Nanoporeのナノポアシーケンサー(MinIONやPromethION)を用いると、DNA配列だけでなく、RNA配列も解読できると公表されている。また、Oxford Nanoporeのナノポアシーケンサーを用いると、タンパク質の分析も可能になると発表している。
MinIONデバイスの市販開始が待たれるところであるが、まだ正式な発表はない。GenomeWebのレポートによると、MinIon Mark I (MkI) デバイスの市販時の価格は、デバイス、3つのフローセル、2個の試薬キットおよびソフトウェア(MinKNOW)のセットで1000ドルと発表された。フローセル自体は別売りで入手できるが、フローセルの価格は、1セットあたりのフローセル数で異なり、500~900ドル/個と発表された。
この革新的なMinIONデバイスを早く利用したいユーザーも多いと思うが、一つの欠点はIlluminaシーケンサーと比べると、リード精度が落ちる点である。したがって、当面は、ゲノム配列決定におけるコンティグの連結、病原体の迅速検出およびmRNAのスプライシング・バリアント解析のいずれかの用途での利用頻度が高いと予想する。
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