機器の新しい利用形態:ユーザーと一体となった進化
Oxford NanoporeのMinIONデバイスは、昨年4月よりMinIONアクセス・プログラム (MAP)というアーリー・アクセス・プログラムへの加入で許可されたユーザーが利用できるようになった。MAPは一旦中断されたが、その後再開され、継続されている。現時点では、アーリー・アクセスでなくなり、新しい機器のソフトウェア開発企業向けの初期普及形態のような「オープン・アクセス・プログラム」となっている。以前のGOクラブで「事実上の市販開始と言ってもよいであろう」とコメントしたが、Oxford Nanoporeは依然としてMinIONの市販開始については言及していない。科学研究用機器として、このようなユーザーを広く取り込んで開発を進める形態は聞いたことがなく、革新的であるといえよう。 |
London Calling
Oxford Nanoporeは、今年5月14日と15日の2日間、ロンドンでユーザーと情報交換を行うミーティング“London Calling”を開催した。世界各国から250名以上の人が集まったようである。このように、機器開発企業が、初回のユーザー向けミーティングで、世界中から多くの人々を集めることができたことは特筆すべきであろう。なお、このミーティングに参加した人には全員MinIONデバイス(Mark I=バージョン1の機器)が配布されたので、お土産付きであった。
MinIONについては、現在、MAPでMinIONを受け取った研究者により、新しい研究手法の開発やMinIONのパフォーマンスの検証が進められており、開発企業やユーザーが共同で機器を進化させていく状況が認められる。今回のLondon Callingでは開発関係者や研究者の交流の場を提供したことになり、さらなる自己組織化によって連帯感が生まれている。
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MinIONの進化
今回のLondon Callingでは、MinIONデバイス自体の進化も発表された。まず、リード速度について、これまでは毎秒30塩基であったが、毎秒500塩基の速度で読める“Fast Mode”が近日中に利用できるようになる。これは酵素がポアにDNAを送り込む速度を速めることができたことによるが、同時にリード精度も改善されているという。現在は2日間あたり約2 Gbの塩基配列出力であるのに対して、“Fast Mode”では、1日あたり40 Gb程度までの配列を出力することが可能となる。
現行のMinION Mark IのASICチップ(ASICはApplication Specific Integrated Circuitの略)は512個のナノポアを持つが、MinION Mark IIのASICチップでは3,000個のナノポアを持つので、処理能力量が約6倍となる。Mark IIでは、リード速度も毎秒1,000塩基を予定しているので、100 Gb/日以上の出力が期待できる。このように、小さなUSBメモリー程度のシーケンサーがIlluminaの最新大型シーケンサーであるHiSeqに匹敵するパフォーマンスを示すことになる。
さらに、現在のMinIONデバイスは、ナノポアを含むフローセルとASICチップ全体が使い捨てとなっているが、Mark IIでは、フローセルとASICチップが分離でき、フローセルだけを交換すればよい。したがって、ASICチップが再利用できる分、コストダウンになるし、環境にやさしくなる。MinION Mark Iは約2日間で利用できなくなるが、Mark IIでは利用できる日数が大幅に伸びるらしい。
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課金・利用方法の革新性
上述のように、MinIONは大幅に性能も上がるうえ、現行の1,000ドルのコストが20ドル程度に低下することから、Oxford NanoporeはMinIONデバイスの課金方法の改定を予定している。具体的には、MinION Mark Iでは最初の3時間の利用(約2 Gbの出力)という形態で、料金は270ドルと発表された。また、MinION Mark IIは利用時間ごとの課金となり、最初の1時間は暫定的に料金20ドルと発表された。
どのように利用時間を把握し、課金を行うかはわからないが、利用者にとっては安価な料金でMinIONが手軽に使えるので、この仕組みは革新的であると思う。
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コンピューター産業の発展との類似性
これまでDNAシーケンサーのような実験機器は、海外企業の日本支社や代理店が販売・納品する形態を取っていた。機器の修理も自分では行えず、通常出張修理を受ける必要があった。したがって、納品に時間もかかるし、保守・修繕費も高額になるという問題があった。ところが、Oxford Nanoporeのデバイスの場合、メーカーから(宅配業者などを経由して)機器が直送され、ユーザーの手に届く。ユーザーは箱を開けて、すぐに機器が使える状態になる。MinIONデバイスの場合には、価格も安価であるし(1000ドル)、内部の消耗品を交換するだけで、継続的に利用できる。まさに「革新的」である。
この産業発展の状況は、過去のコンピューター産業の発展と類似性があると感じる。すなわち、IlluminaやPacBioのシーケンサーが1970年代のIBMなどの大型コンピューターに相当すると仮定すると、Oxford NanoporeのMinIONデバイスはAppleのApple II コンピューターとイメージが重なる。ユーザーの手元に機器が届き、ユーザーが自身で機器を扱えるという状況は類似性がある。いわゆるパソコンであるが、Dell はメーカーから機器を直送することを実現し、コストダウンと利便性を実現し、イノベーションを引き起こした。次世代シーケンサーの世界はIlluminaが独走しているが、Oxford NanoporeのシーケンサーはIlluminaとは対抗するのではなく、別の形でユーザーを獲得し、独走していく姿が見えてきた。
London Callingでは、サンプル調製でも革新的な技術が発表されたり、Oxford Nanoporeデバイスは多くの革新性が認められる。この話題は、Oxford Nanoporeの革新的ビジネスモデル(後編)で紹介したい。
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