近年、メタゲノム解析、特にヒトに棲む微生物集団のゲノム解析を医療やヘルスケアに応用することを目指すベンチャー企業が欧米で多数設立され、活発に活動している。GOクラブでは、メタゲノムをビジネスに結び付ける最近の動向を、シリーズ記事として紹介したい。
メタゲノムとは
「メタゲノム」は、「メタ」と「ゲノム」を結合することによってできた用語である。「メタ」は「より高次」という意味であり、「メタゲノム」は異種生物のゲノムの集まりを意味する。生命は階層構造を取っているが、生命情報を担うゲノムを構成する要素は遺伝子である。遺伝子は、4種類のヌクレオチド(アデニン、チミジン、グアニン、シチジン)から成り、ヌクレオチドは炭素、水素、酸素、窒素、リンから成る。このようにゲノムには階層性があると理解することができるが、ゲノムの上位構造がメタゲノムである。特に、微生物のゲノムの分野で、メタゲノムという言葉が使われている。
温泉や南極などの極限環境、土壌、動植物、昆虫などには、それぞれの環境に合った微生物群が棲みついている。この微生物群のゲノムをまとめて、「メタゲノム」と呼ぶことができる。メタゲノムを研究することは、"Metagenome" に"omics"をつけて、Metageomics(メタゲノミクス、メタジェノミクス)と呼ぶ。
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メタゲノムに着目した最初のビジネス
最初にメタゲノムに着目したビジネスを行った企業は、バイオベンチャー企業であるDiversa Corporation (Diversa) であろう。Diversa (1992年設立) は、土壌や水圏に棲む微生物の99%以上が単一細胞として培養・分離できないことから、土壌や水圏には膨大な有用遺伝子資源が眠っていると考えた。ただし、1990年代はメタゲノムの配列を網羅的にシーケンシングすることはコストパフォーマンスが乏しかったことから、Diversaは、培養できない微生物群から特定の有用遺伝子の候補を収集する技術を開発し、その技術を利用した事業を進めた。
Diversaは、2000年代中頃から、セルロース系バイオマスを分解する酵素の開発に注力した。そして、Diversaは、セルロース系バイオマスからのアルコール生産事業を推進していたCelunol Corporation (Celunol) と2007年6月に合併することにより、Verenium Corporation (Verenium) に変わった。この合併の結果、Vereniumは、セルロースを酵素によって分解して得られる糖源からエタノールなどのバイオ燃料を生産する研究開発とその事業化に注力することになった。そして、巨人化学企業DuPontがバイオ化学品ビジネスで先を走る中、BASFは競争の遅れを挽回するために、2013年秋にVerenium Corporationを買収した。このため、Diversaが推進してきた自然界の微生物群の酵素資源情報の利用は、バイオマスからの燃料と化学品の生産ビジネスに活かされているというのが現況である。 |
J. Craig Venterとメタゲノム
メタゲノムの意義を世の中に広めたのは、J. Craig Venterだと思う。彼は、Celera Genomicsを設立し、ヒト全ゲノム解読を成し遂げた後、海洋微生物のメタゲノム解析プロジェクト“Global Ocean Sampling Expedition”を推進した。このプロジェクトは、ヨットで大洋を航海し、海水から多数の微生物を収集した後、それらのゲノムDNAをまとめてサンガー法によるショットガン・シーケンシングをすることで、網羅的に配列解析を行うというものであった。J. Craig Venterは科学者でもあり、アントレプレナーでもある。彼は、Celera Genomics、Synthetic Genomics、Human Longevity, Inc.などのベンチャーを創業しているが、このメタゲノム解析ではすぐには事業化には取り組まず、Human Longevity, Inc.で初めてヒトに棲む微生物のメタゲノム解析を事業として取り入れることを決めた。 |
ヒトに棲む微生物のメタゲノム-Human Microbiome
Microbiome(マイクロバイオーム)とは微生物叢を意味し、Microbiomeのゲノムがメタゲノムにあたる。Microbiomeは、主にヒトの皮膚や組織に棲む微生物叢に対して用いられることが多い。ヒトから発する臭いを犬が嗅ぐと、犬は個人を識別ができるが、この原理は皮膚から分泌される体臭の原因物質に個人差があるうえに、ヒト皮膚に棲む微生物叢が異なるために、原因物質に由来する代謝物の種類と量が異なることによる。
皮膚以外にも、腸内細菌などを含めて、ヒトの組織には様々な微生物が棲みついており、その種類も組織ごとに異なる。これらの微生物叢が疾病の発症や健康状態に関わっている場合があることから、医療を出口として、Human Microbiomeの研究が進んでおり、多数のMicrobiomeベンチャーが誕生している。Microbiomeとビジネスに関する話題については、次回以降のGOクラブで紹介していく予定である。
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