2014年8月22日金曜日

NIHが次世代シーケンシング技術開発グラント2014を発表

 2014年8月1日付で、米国NIHが、次世代シーケンシング(NGS)技術開発の研究グラントである“Advanced Sequencing Technology Awards 2014”を、8つの研究チームに供与すると発表した。本グラントの供与は2004年から始まり、NGS技術の開発に大いに貢献した。今回のグラントで最後になるとの発表もあったが、NGSの技術開発から応用の方にシフトすべき時期になったともいえる。以下に、各NGS技術の概要を紹介する。


1分子電界効果トランジスタを用いた転写によるシーケンシング (Eve Biomedical)

  前回のGOクラブで、Eve Biomedical, Inc. (Eve Biomedical) が開発を進めている「ユニークなNGS技術」を紹介した。その技術とは、基板上に固定されているRNAポリメラーゼが、分析対象となる2本鎖DNAを鋳型としてRNA鎖の合成(転写)を行うときに、2本鎖DNAが回転することに着目し、その回転を検知することにより塩基配列を同定するという原理に基づく。

 Eve Biomedical は、別の新しいNGS技術開発(RNAポリメラーゼを結合させたカーボンナノチューブを用いたNGS技術)で、今回のNGS技術開発の研究グラントの供与を受けることになったが、そのNGS技術とは、「RNAポリメラーゼによる転写が進むときに、2本鎖DNAの回転でなく、RNAポリメラーゼ自体の動きを検知することにより塩基配列を同定するという方法」である。具体的には、RNAポリメラーゼにカーボンナノチューブを結合させることで、転写が進むとRNAポリメラーゼの動きに伴いカーボンナノチューブが動き、その際に変化する電気伝導度を検知するという仕組みでシーケンシングを行う。塩基配列の決定は、以前紹介したEve Biomedicalの方法と類似しており、4種類のNTPsのうち1種類の濃度を低くすることにより、その塩基の転写速度が遅くなることに基づいている。本NGS技術は、カーボンナノチューブCMOSアレイとしての実用化が期待され、NGSデバイスの価格を5,000ドル以下に、またヒトゲノムの再配列決定のコストを100ドル以下にすることを目指している。

 なお、以前紹介した“Single molecule rotation-devendent transcriptional sequencing”ではリード長は5 kbどまりであるが、本方法を用いるリード長が50 kbを越えることが期待できる。

ナノポアシーケンシングの最適化(Mark Akeson, UC Santa Cruz)

  UC Santa CruzのMark Akesonのグループは、ナノポア・シーケンシング技術の開発では著名で、数多くの論文を発表している。ナノポアシーケンシングに対する期待は大きいが、新規ゲノム配列が決定できること(目標1)だけでなく、調製した染色体DNAの直接再配列決定ができること(目標2)もまだ実証されていない。Mark Akesonらは、分子モーターとなるDNAポリメラーゼ、ナノポア、ソフトウェア技術を最適化することにより、これら2つの目標を達するべく研究開発を進める予定である。

DNAシーケンシングのためのハイブリッド・ナノポア・システム(Illumina, Inc.)

  Illumina, Inc. (Illumina)は、現在の次世代シーケンサー市場では巨人的存在である。これまでにも、ナノポアシーケンシングを含む新しいNGS技術の開発に取り組んでいることを発表している。

 本グラントで採択された「ハイブリッド・ナノポア・システム」とは、直径10 nmのソリッドステートナノポアの中に、タンパク質ナノポアを組み込むことである。これまで、脂質2重膜にタンパク質ナノポアを埋め込んだデバイスでシーケンシングを行う場合に、その構造の不安定性が問題となっていた。Illuminaはこの問題を解決することを目指す。ソリッドステートナノポアをベースとすることにより、超並列シーケンシングと半導体技術の活用が期待できる。

グラフェン・ナノリボンを用いるDNAシーケンシング(Marija Drndic, Univ. of Pennsylvania)

  グラフェン・ナノリボン(幅:20 - 200 nm)は非常に薄いために、DNAの一塩基識別能を有することが期待できる。具体的には、このグラフェン・ナノリボン中に形成したナノポアにDNAを通すことにより、塩基特異的な電流変化が起こることが期待できる。しかも、その電流変化は大きいために、S/N比の向上によるシーケンシング精度の向上に加えて、ナノポアシーケンシングの欠点である「ナノポアのDNA高速移動によるリード精度低下」の問題を解決できる可能性がある。具体的には、106 bases/secの速度でシーケンシングできることが見込まれる。

修飾ナノポアを用いた1分子DNAシーケンシング(M. R. Ghadiri, Scripps Research Institute)

 Scripps Research InstituteのGhadiriらのグループは、ナノポアを超並列に整列させることにより、10分間でヒトゲノム配列を決定できるナノポア・チップの創製を目指す。
 具体的には、ナノポア・シーケンシング・アレイは、
  (1) 液滴インターフェース2重膜(droplet interface bilayer)
  (2) シリコン窒化物にような薄膜ソリッドステートフィルムの隙間に設置したプロテインナノポア
  (3) DNAナノ構造のアレイを構築し、このアレイと上述の(1) (2)を組み合わせる方法
 のいずれかで作製する。

酵素スイッチ:レポーター分子を利用したエラー率の改善(Caerus Molecular Diagnostics)

 Pacific BiosciencesのNGS技術のように、1分子DNAシーケンシングも現実的なものとなった。しかしながら、1分子シーケンシングでの配列決定はエラー率が高い。Caerus Molecular Diagnostics, Inc. の研究グループは、この高いエラー率を改善するために、1分子のDNA上でシーケンシング反応が起こった際に、その反応に対して、1分子の酵素を利用した酵素反応によるレポーター分子を生成することで、出力を増幅する仕組みを考案した。この仕組みは、種々のNGSに応用することができるので、Ion TorrentのようなCMOS半導体シーケンサーなどにも応用できるであろう。

大規模並列隣接マッピング(J. A. Shendure, Univ. of Washington)

  Illuminaシーケンサーのように、リード長が短いNGSに関しては、シーケンシングコストが大きく低減した。しかしながら、新規ゲノム配列決定とハプロタイプレベルのゲノム配列決定を行うには、長鎖のコンティグ情報を得る必要がある。この長鎖のコンティグ情報を得るための新しい技術の開発を行うことが、Univ. of WashingtonのShendureらの目標である。

マイクロ流路反応装置を用いた1本鎖DNAシーケンシング(K. Zhang, UC San Diego)

  NGS技術の進歩は目覚ましいが、配列決定精度とシーケンシング長の2つの点で満足がいく性能はまだ得られていない。K. Zhangらは、マイクロ流路反応装置を用いて、1つの細胞から得られる1本鎖DNAを鋳型とした哺乳類の全ゲノム配列決定を、10 Mb以上のコンティグ長で、かつ高精度(エラー率が10の-9乗以下)で得る方法(SISSOR: SIngle-Stranded Sequencing using micrOfluidic Reactors)を開発することを目指す。シーケンシング技術自体は新しい技術を開発するものでなく、他の技術を用いることとし、DNAの調製で工夫することにより目標を達成する。