2013年10月11日金曜日

次世代シーケンサーによ「次世代」を解析する

 前々回のGOクラブで、日本でも開始された「次世代シーケンシング(NGS)に基づく新型出生前診断」の話題を紹介した。また、米国NIHによる「NGSによる新生児遺伝性疾患のゲノム診断」の研究プログラムの開始や「NGS解析により選別した受精卵からのベビーの誕生」など、妊娠や出産の分野におけるNGS利用に関するニュースをよく見聞きする。今回のGOクラブでは、我々の「次の世代」すなわち受精卵から新生児までの領域におけるNGSに関する話題をまとめる。


出産分野におけるNGSの利用に関する予測

 2009年2月9日付けのTimes Online版で、「Illumina, Inc.(Illumina)のCEOであるJay Flatley氏が、10年以内に、NGSによる新生児のゲノム診断が一般に普及すると予測している」ことが紹介され、話題になった。この発表の後、Illuminaは、BlueGnome(体外受精サービス提供ベンチャー)を2012年9月に買収し、また2013年1月にはVerinata Health(新型出生前診断サービスを提供ベンチャー)を買収して、出産分野のビジネスの展開に力を入れている。Illuminaは、「米国では、年間約400万件の妊娠があり、そのうち約50万件が高リスク妊娠である」という推定に基づいて、出産分野におけるニーズは非常に大きいと見込んでいるものと思われる。

受精卵のNGS解析による子供の産み分け

  今年の7月8日に開催された“29th Annual Meeting of the European Society for Human Reproduction and Embryology”において、“BGI Shenzhen”と“Reproductive and Genetic Hospital CITIC-XIANGYA”が共同で、体外受精により発生が始まった受精卵の一部をNGSで解析した結果に基づいて、遺伝的異常のない受精卵を選んで妊娠させて新生児を誕生させることに成功した(誕生した子供は生後11ヶ月である)ことを発表した。具体的には、体外受精後5日目の胚盤胞から7~12細胞を取り出し、NGSによりゲノム解析を行い、遺伝的異常の有無を判定した。その結果をもとに、異常なしと判定された受精卵を着床させ、ベビーを誕生させるという方法を取っている。BGI Shenzhenの発表によると、2010年以来、33組のカップルからの受精卵をNGSによる解析に供し、22件の妊娠に成功し、17件については健康なベビーが誕生している。

 この中国のチームの発表に続いて、“NIHR Biomedical Research Centre at the University of Oxford”のチームも、同様の方法を用いてNGSにより選別した受精卵をもとに妊娠した母体から今年6月に健康な新生児を誕生させることに成功したことを発表した。なお、NGSによる解析は細胞採取後16時間で結果が得られるほど迅速なので、胚盤胞を凍結させる必要はない。

 米国では、「受精卵のNGS解析による子供の産み分けのサービス」を提供するベンチャー企業も誕生している。体外受精を専門とするベンチャー企業は多いが、Reprogeneticsは、今年2月22日に、体外受精後3日目の受精卵由来の細胞についてNGSを用いて遺伝的異常の有無を診断した後に妊娠させることに成功したことを発表している。前々回のGOクラブでは、妊娠9~10週目に胎児由来のDNAをNGSにより解析することにより、遺伝的異常を検出できることを紹介したが、受精卵のNGS解析については、子供の産み分けまでサービスとして提供される時代に突入したことを意味する。

NGSによる胎児の全ゲノム解析

  前々回のGOクラブで紹介した「新型出生前診断」では、妊婦の血液に存在する胎児由来DNAをNGSにより解析する手法を用いている。妊婦血液中の胎児DNAの発見者であるDennis Lo博士らは、この妊婦血液中の母体DNAと胎児由来DNAをNGSで解析することにより、胎児のSNPのタイピングをゲノムワイドに行えることを発表している。「新型出生前診断」では、妊娠後9~10週目の妊婦の血液を用いて診断を行うが、胎児のSNPのタイピングの場合には、妊娠後12週目の妊婦の血液を用いている。

 具体的には、妊娠後12週目の妊婦から採取した血液から血清中DNAを単離し、Illumina GAIIシーケンサーを用いて、PE(Paired End)シーケンシング法により冗長度65で全ゲノムシーケンシングを行う。この解析とは別に、AffymetrixのヒトSNPアレイを用いて約90万箇所のSNPについて、父親と母親のSNPタイピングを行った。これらの結果をもとに、新しく開発したバイオインフォマティクス手法を用いて、全ゲノム領域に渡って胎児のSNPタイプを推定できることを証明した。胎児のSNPタイピング結果はゲノム全体に渡ってカバーされている上、どの染色体も均一に解読されている。 

 さらに、新しい手法により、胎児の各染色体について父親由来のDNAと母親由来のDNAとの間の組換え位置も推定できるとともに、母親のゲノムのハプロタイプの配列(SNP)も推定できたことが示されている。Lo博士らは、NGSを用いて母体血清DNA中の胎児由来DNAの存在割合が11.4%であると算出しているが、この研究では1人の妊婦のみが対象であり、胎児DNAの割合が小さい場合にも、胎児のSNPタイピングが行えるかについては示されていない。

新生児の50時間-全ゲノムシーケンシングに基づく診療

 約3,500の遺伝性疾患の多くにおいて、出生後28日以内に症状が出るが、新生児の段階では症状が出ないことも多い。これまでは、遺伝性疾患の診断は、通常出生後4~6週間の時間を要していたが、より迅速な診断を行い、治療を施すことが求められている。カンサス市のChildren's Mercy Hospitals & Clinicのkingsmore博士らのグループは、Illumina HiSeq2500のRapid modeシーケンシングと迅速なバイオインフォマティクス解析を組み合わせることにより、新生児の全ゲノム解析を50時間で終えることができる診断手法を確立し、Science Translational medicine誌に2012年10月3日付けで発表した
 具体的には、新生児から血液を採取し、NGS用のサンプル調製を行う(=4.5時間)。続いて、Illumina HiSeq2500を用いてPEライブラリー(2 X 100 bp)のシーケンシングを行う(=26時間)。得られた配列データ(121~139 Gb)をもとに、ベースコールと参照ゲノムへのマッピング解析とSNP/変異の同定を行う(=15時間)。同定したSNP/変異に対して、新開発のソフトウェアであるRUNES(Rapid Understanding of Nucleotide variant Effect Softwareを用いてアノテーションを付与する(=2.5時間)。続いて、疾病に関わる変異を解析して、得られた中間報告を口頭で伝えるという合計50時間のフローになる。

米国における新生児の全ゲノム解析の潮流

  以前から、米国NIHは新生児全ゲノム解析の研究プロジェクトの推進に対して大きな資金を投入する計画があることを発表していた。National Institute of Child Health and Human DevelopmentとNational Human Genome Research Instituteが共同で、5年間に渡る研究プロジェクトとして合計約25億円(25百万ドル)の研究資金を投じることを今年9月4日付けで発表した。研究プロジェクトの目的は、近い将来、新生児の全ゲノム解析を診療として行うことを目指して、技術面、臨床面および倫理面の観点で課題を抽出し、その課題を解決することである。

 2013年度は、次の4つの研究チームに合計約5億円(5百万ドル)の研究費が交付される。Robert Green氏とAlan Beggs氏(Brigham and Women's Hospital and Boston Children's Hospital)のチームは、ゲノムシーケンシングデータを両親や医師に利用できるようにし、新生児のゲノム診断の有用性を調べる。新生児の50時間全ゲノムシーケンシングの研究を行っている、上述のChildren's Mercy Hospitals & Clinicのkingsmore博士らのチームは、現在の診断時間である50時間を短縮するとともに、新生児のICUにおけるNGSの有用性とリスクを調べる。Robert Nussbaum氏(University of California, San Francisco)のチームは、新生児ゲノムのエキソームシーケンシングに注力して疾患変異のスクリーニングとその他の有用な情報を得る研究を行う。Cynthia Powell氏とJonathan Berg氏(University of North Carolina at Chapel Hill)のチームは、疾患を持つ可能性がある新生児だけでなく、健康な新生児に対してもエキソームシーケンシングを行うとともに、医師と両親に解析結果を返す最良な手段を研究する。

 このように、2009年にIlluminaの社長Jay Flatley氏が10年以内にNGSによる新生児のゲノム診断が普及すると予測したことは現実味を帯びてきた。