PacBioのSMRTシーケンシング技術の改良
現在市販されている次世代シーケンサーの中で、1分子シーケンシングを行える機種は、Zero-Mode Waveguide (ZMW)を利用したPacBioのRSシーケンサーのみである。1分子DNAシーケンシングの利点として、試薬コストの減少、リード長の増大および必要DNA量の減少が挙げられる。また、1分子シーケンシングでは、特に増幅できないDNAについて、DNAメチル化やDNA塩基の損傷などを直接検出できることも利点になる。PacBio RSシーケンサーは、メチル化塩基など多様な塩基修飾を直接検出できる点で優れている。PacBioは、今回のNHGRIグラントにより、次の2点の課題を解決するための研究開発を推進する。1点目は、1個のZMWに対して正確に1分子のDNAポリメラーゼを結合させる必要があるが、その効率が低い点である。2点目は、鋳型DNAとDNAポリメラーゼとの複合体がZMW中に留まる効率が十分でない点である。特に後者は、インプットDNAの必要量が多くなるので、重要な解決課題である。 PacBioは、Northeastern Universityと共同で、“Advanced Sequencing Technology Awards 2012”のグラントを用いて、これら問題点の解決を行う。具体的には、ZMWの底にあるガラス板の上に1個のナノポアを持つ薄い膜を置くことにより、問題解決を目指す。ナノポアを持つ膜(ZMW-nanoporeと呼ぶ)を用いることにより、DNAポリメラーゼがZMWに結合する効率は向上するであろう。また、DNAポリメラーゼのナノポアへの結合により、インプットDNAの必要量がpgレベルになることが期待される。 |
IntelがPacBioと共同で開発を進める1分子リアルタイム電子シーケンシング技術
Intelによる次世代シーケンシング技術の最初の特許出願は2003年であるが、Intelはその後2008年頃までは精力的に研究開発を進めてきた形跡がある。しばらくの間、Intelの動きが見られなかったが、最近になって次世代シーケンシング技術の研究開発活動を加速化していると思われる。今回のNHGRIのグラントでは、IntelはPacBioとの共同開発を行うが、PacBioとの関係は、公には、PacBioのシリーズFファイナンス(調達額109百万ドル)のときに、Intelが増資に応じた時点から始まっている。 現行のPacBioシーケンサーは、ZMWというナノホールの底にDNAポリメラーゼを結合させ、DNA合成過程で遊離される蛍光タグを光によって検出している。タグ1分子から由来する蛍光検出は感度も悪く、ZMW技術はPacBioシーケンサーのシーケンシング精度の悪さとも関係している。Intelは、NHGRIのグラントを受けたプロジェクトにおいて、Columbia Univ.とPacBioとの共同開発体制により、蛍光タグを電気的検出用タグに変更し、そのタグを“nanogap transducer”と呼ぶ狭い電極を通過するときに、電位制御-レドックスサイクルによってシグナルを増強させることを目指す。 具体的には、4種類のタグが付いたdNTPを用いて、DNA合成時に遊離されるピロリン酸付きのタグを脱リン酸酵素によりリン酸を遊離した後、タグをnanogap transducerに導いて、4種類の塩基由来のシグナルを検出するという方法である。このnanogap transducerは、膨大な数のユニットをCMOS型センサーに並列に組み込めるので、半導体チップ中で大規模なシーケンシングを迅速に安価に実施できることが期待される。このIntelの方法はナノポアを用いてはいないが、10月12日のGOクラブで紹介した「Nano-SBS」法に似ている。 |
PacBioシーケンサーの今後
最近多様なナノポアシーケシング技術が発表され、PacBioのRSシーケンサーも影が薄くなった印象を受ける。事実、PacBioのRSシーケンサーの売れ行きはあまり芳しくない。機器が大型で、メインテナンスも大変な上に、シーケンシング精度も今一歩である。今回のZMW-nanoporeは現行機器で使えるものになると思われ、シーケンシングのパフォーマンスも向上されるであろう。しかしながら、機器の小型化やシーケンシング精度の大幅向上については根本的な解決は困難であろう。一方、IntelがPacBioと共同で開発を進めるnanogap transducer技術は、現行機器の問題点を根本的に変える魅力を持っている。この技術を利用したシーケンサーがIntelとPacBioのどちらから発売されるかわからないが、このシーケンサーの登場により、現行のZMW技術は使命を終えると予想する。 GOクラブの「次世代シーケンサーとは」の企画は、Ion Torrentシーケンシング技術とPacBioシーケンサーが登場したことを機に始めた。当時は、PacBioシーケンサーのようなDNAポリメラーゼが1分子のDNAを鋳型としてDNA合成する過程を蛍光を用いてリアルタイムでモニターする技術開発が盛んに行われていた。この技術に対して、蛍光を用いないIon Torrentシーケンシング技術やナノポアシーケンシング技術がさらに優れた技術になるポテンシャルを持っていることから、前者を「第3世代技術」とし、後者を「第4世代技術」と分類した。 しかしながら、その後の展開を見ると、PacBio以外の第3世代技術は実用化される気配はない上、PacBioシーケンサー自身も上述のように進化していくことは間違いない。以上の状況から、年末にGOクラブでの公表を予定している「次世代シーケンサーの分類(2013年版)」では、「PacBioシーケンサー型の1分子リアルタイムシーケンンシング技術」を「第4世代技術」と合体させて「第3世代技術」として分類し直したいと思う。 |