前回のGOクラブは、微生物の1細胞ゲノムシーケンシングを取り上げたが、今回は、ヒト細胞の1細胞ゲノムシーケンシングと1ウィルスゲノムシーケンシングについて紹介する。
1細胞ゲノムシーケンシングが拓くヒト生命科学研究
ヒト細胞の1細胞ゲノムシーケンシグの方法は、基本的には前回紹介した微生物の1細胞ゲノムシーケンシングの方法と同じである。1細胞の分離には、主にFACSによるソーティング法を用いるが、マイクロマニュピレーションやマイクロ流路を用いる方法も用いられる。
1細胞ゲノムシーケンシングのヒト生命科学研究への応用については、いくつかの論文で紹介されている。まず、癌組織は正常細胞と癌細胞が混在しているうえ、癌細胞も多様性に富んでいることが多い。したがって、癌の発生や悪性化を促す変異の発見・同定に役立つであろう。また、発生・分化の研究で細胞の系譜を解明する研究に用いることができるであろう。その手段としては、染色体中の非常に変化しやすい部位の配列に着眼して細胞系譜を追えばよい。T細胞やB細胞では、T細胞受容体や抗体遺伝子の配列が個々の細胞により異なるが、このような免疫分野の研究にも役立つであろう。その他、人工授精などにおけるKaryotypingへの利用も可能である。 |
癌研究のための1細胞ゲノムシーケンシング
癌を引き起こす変異として、CNV (Copy Number Variation)が知られている。癌組織から染色体DNAを抽出すると、CNV変異を持つ細胞の割合が少ないので、全ゲノム配列決定を行うと、CNV部分の変化が希釈され、検出できなくなる問題点がある。この問題を解決するために、100細胞くらいの癌細胞のゲノム配列を個々の細胞ごとにゲノムシーケンシングを行い、癌化を引き起こすCNVを同定する研究が行われている。癌の発生・悪性化の過程で、段階的に変異が導入されることが知られているが、Cold Spring Harbor LaboratoryのWiglerのグループは、1細胞シーケンシング法により癌細胞の系譜を解析できることを報告している。 |
Rubicon Genomicsの高等動物の1細胞ゲノムシーケンシング用のDNA調製キット
Rubicon Genomicsは、DNAやRNAの調製技術の開発やキット類の販売を行っているベンチャー企業であるが、高等動物の1細胞ゲノムシーケンシング用のDNA調製キットをすでに発売している。PicoPlex-NGS WGA Kit を用いると、1細胞から、1つのチューブ中で約3時間でIllumina HiSeqシーケンシング解析に利用できるDNAサンプル(2~5μg)を調製できる。本キットのスペックは、HiSeq 1レーンで解析でき、20百万リードでゲノムカバー率は10~30%である。また、99%は高品質リードであり、ヒトゲノムにマッピングできる配列の割合は98.5%以上である。Rubicon Genomicsは、1細胞から調製したゲノムDNAを用いて、次世代シーケンサーを用いてメチル化部位を解析できるキットを開発したので、間もなくエピゲノム研究も1細胞レベルで実施できるようになると期待される。 |
新規ウィルス発見のための1ウィルスゲノムシーケンシング
従来のメタゲノム解析のように、サンプル中のDNAを次世代シーケンサーを用いて網羅的にシーケンシングしても、新規ウィルス由来と予想される配列断片を取得できる。しかしながら、メタゲノム配列からのアセンブリーが困難である点、そして得られた配列がウィルス粒子から由来している保証はないので、従来法では、新規ウィルスの発見は実質困難である。
J. Craig Venter InstituteのAllenらは、FACSを用いて1個のウィルス粒子を単離した後、ウィルスのDNAを回収し、次世代シーケンサーを用いてほぼ完全なウィルスゲノム配列が得られることを報告している。なお、この報告は、2種類の大腸菌ファージ(lambda phageとT4 phage)を用いたモデル実験であり、新規ウィルスの同定には至っていない。 |
将来の展望
次世代シーケンサーを用いた1細胞からの全mRNA解析もすでに利用できるようになっているし、間もなくエピゲノム解析も1細胞レベルで行えるようになる。したがって、基礎研究分野で、変異解析、トランスクリプトーム解析、エピゲノム解析のいずれも、1細胞レベルでの研究が活発に行われるようになるであろう。しかし、多数の細胞のシーケンシングを行う必要があることや他のDNAのコンタミネーションがなく1細胞を分離するのに手間がかかることから、臨床試験や診断用途への利用は、かなり先のことになるであろう。むしろ超ロングリードの次世代シーケンサーの方が臨床試験や診断用途には合っているかもしれない。またBioNanomatrixやOpGenなどの技術を用いても1DNA分子を観察・解析できるので、これらの技術も1細胞解析に利用できるであろう。 |