トンネル電極を持つナノポア・シーケンシング技術について
日経BP社のBiotechnology Japanが提供しているヘッドラインニュース(12月23日付)の中で、トップの閲覧数を記録したニュース「海外発表、Imperial College London、ヒトゲノムを数分で解読できる超高速DNAシーケンシングの開発につながる新技術を開発」に興味を抱いた。数分間でしかも超安価でヒトゲノム配列が解読できるのであれば、凄い技術である。
この技術を紹介するにあたり、本技術がトンネル電極を組み込んだ半導体チップを用いているので、トンネル電極を利用する他のシーケンシング技術とも比較検討した方がよいであろう。論文レベルでは、大阪大学・産業科学研究所・川合研究室がトンネル電極を用いてヌクレオチドを検出できることを発表している。またArizona State UniversityのStuat Lindsayらは走査トンネル顕微鏡の利用レベルであるが、トンネル電極を用いてヌクレオチドの単層レイヤーを識別できることを発表しているので、これらの技術についても合わせて紹介する。 |
トンネル電極を用いたヌクレオチドの検出-大阪大学・産業科学研究所・川合研究室
上述の「大阪大学・産業科学研究所・川合研究室が開発した「トンネル電極を用いたヌクレオチドの検出技術」については、下記の論文で発表されている。
・Tsutsui, M.; Taniguchi, M.; Yokota, K.; Kawai, T. "Identifying single nucleotides by tunnelling current." Nat. Nanotechnol. 5, 286-290 (2010) この論文によると、TMP、GMP、CMPの3種類のヌクレオチドについて、トンネル電極の間を通るときに電流変化を観察でき、かつ多数回電流変化を検出し、統計処理を行うことにより、これらヌクレオチドを識別できる可能性があることが報告されている。ただし、AMPについてはトンネル電極に吸着する性質を持っているらしく、検出に成功にしていない。このように、DNAレベルで塩基配列の解読には至ってはいないが、トンネル電極を利用して4種類の塩基を識別できる可能性があることが示されている。 |
Imperial College Londonの研究チームが発表したシーケンシング技術について
Imperial College Londonの研究チームが開発した「トンネル電極を用いたシーケンシング・デバイス」の原型を右図に示した(論文に掲載されたFigureをもとに図式化)。川合研究室とStuat Lindsayらのグループの発表と異なる点は、実際に右図の半導体ナノポアチップを製作し、DNAのtranslocationの検出に成功している。ただし、塩基配列まで読めることは実証されていない。したがって、シーケンサーが実用化されるとしても、早くても5年くらいは先のことになると思われ、Imperial College Londonの研究チームも10年以内にシーケンサーを利用できるようにすると語っている。
具体的な実験としては、右図のデバイス内の下槽に、48.5 kbの長さのλファージDNAを入れて、上槽と下槽の間に電圧をかけたところ、DNAが2つのPt電極の間の微小ギャップを通過させることに成功した。DNAの通過に関しては、通過時間が0.2ミリ秒程度の速い通過(タイプ1)と1.5~200ミリ秒の時間がかかる通過(タイプ2)の2タイプが観察された。タイプ1の場合、イオン電流の変化のみ観察された。一方、タイプ2の通過はトンネル電流の変化とイオン電流の変化の両方を検出できたが、これはDNAが電極に吸着したり、微小ギャップに引っ掛かったために、通過に時間がかかったと推測されている。したがって、正常な通過はタイプ1となるが、その速度は5.5 cm/秒と非常に速い。他のナノポアシーケンシングの場合、DNAの通過速度が速すぎるために、塩基配列を精度よく読み取れないことが問題となっているが、本デバイスについては、この問題に関しては言及されていない。 参照論文: Ivanov, A. B. et al.. "DNA tunneling detector embedded in a nanopore." Nano lett. DOI: 10.1021/nl103873a (2010) |
修飾されたトンネル電極を用いたシーケンシング-Arizona State UniversityのStuat Lindsayらの研究
Arizona State UniversityのStuat Lindsayらは、DNAの各4塩基と水素結合を形成しうる化合物を用いて、トンネル電極を修飾するという戦術により、4塩基識別能を向上させることに重きを置いている。上図のデバイスの例で説明すれば、微小ギャップを形成しているPt電極部分が化合物で修飾されており、DNAがこの微小ギャップを通過するときに塩基特異的な電流変化につながるであろうという仮説をもとに、シーケンシング法の開発を進めている。
参照論文: Chang, S. et al. "Tunneling readout of hydrogen-bonding based recognition." Nat. Nanotechnol. 4, 297–301 (2009) |
他のナノポアシーケンシング技術との比較
上述したように、トンネル電極を利用したナノポアシーケンシング技術は魅力があるものの、実用化はかなり先になると思われる。他のナノポア・シーケンシング技術に関しては、Oxford Nanoporeのタンパク・ナノポア、NABsysのナノポア、NobleGen Biosciencesのナノポアはいずれも塩基配列が読み取れることが示され、かつベンチャー企業として機器開発を進めていることから、5年くらいで実用化される可能性があろう。またElectronic BiosciencesのナノポアとIBMのDNA Transistorの実用化も早い可能性がある。
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