2010年5月19日水曜日

Ion Torrent Systemsが画期的な次世代シーケンサーを開発、今年中に発売か


卓越したIon Torrent Systemsのシーケンサーとは

Ion Torrent Systemsは、“Jonathan Rothberg”が創設した次世代シーケンサー開発ベンチャーである。Rothberg氏はかつて454 Life Sciencesも創設し、世界初の次世代DNAシーケンサーである“Pyrosequencer”を世に出した。Rothberg氏はまた、多数の著名なベンチャー企業(CuraGen CorporationClarifi CorporationThe Rothberg Institute for Childhood DiseasesRainDance Technologies)のファウンダー(Founder)でもある。Rothberg氏のこれまでの実績から、Ion Torrent Systemsの開発した新しいシーケンサーに対して大きな期待が寄せられているが、実際これまでに登場した次世代シーケンサーとは一線を画するものがあるようだ。
Ion Torren Systems シーケンサの主な特徴として、例えば以下を挙げることができる。
(1) 検出原理が簡便、安価
DNA ポリメラーゼにより各塩基が取り込まれるときに放出される水素イオン(pH変化)を検出することでシーケンシングを実現している(後述)ので、検出が簡便である。このことにより、より安価にシーケンシングを行うことが可能となっている。シーケンサの予価は 50,000 ドル、 1 ランあたりのコストは 500 ドルである。
(2) 生データ処理のための高額コンピュータが不要
新しいシーケンサでは、シーケンシング反応用の半導体(CMOS)チップを用いている。
半導体チップ内でシーケンス反応を行うと同時に、生データ処理も行うので、結果が 0/1 (G,A,T,C と等価)で出力される。したがって、他のシーケンサのように生データ処理のための高額コンピュータは不要である。
(3) 半導体チップの性能向上と価格低下の可能性
半導体チップの集積度を上げることは比較的容易であるため、シーケンシングのスペックを向上させることも容易であろうと考えられる。また、この半導体チップが大量生産されるようになれば、極めて安価な価格で販売される可能性もある。
(4) 短時間、小型化による応用可能性の拡大
1 ランのシーケンシングは極めて短時間(=約1 時間)で終了する。また、シーケンサ機器はモノクロレーザプリンタ程度と小型である。
臨床診断、病原体の短時間検出など、今まで時間的、空間的に難しかった分野における応用も可能になることが期待される。
(5) 汎用性
DNA シーケンシング用サンプル調製法についての詳細は開示されていないが、Ion Torrent Systems 社は、これまで作成されたいずれのライブラリも利用できるという発表を行っており、汎用性も高いと言える。
(6) 他分野への応用可能性
シーケンシングの原理はpH変化の検出であるので、核酸だけではなく他の化合物の検出にも応用可能であろう。
ライフサイエンスと半導体技術の融合による "新しい半導体産業" の勃興を予感させるシーケンサの誕生である。


原理

 新しいシーケンサのシーケンシング原理について以下簡単に説明する。
シーケンシング反応用の半導体(CMOS)チップ (9mm角)には、155 万個の 3.5μm ウェルが並んでいる。増幅した 1 本鎖 DNA の鋳型と DNA ポリメラーゼを各ウェルに入れた後、T、G、A、Cの各塩基を順番に入れることにより、シーケンシング反応を行う。原理は 454 Life Sciences 社のシーケンサと類似しているが、Ion Torrent Systems のシーケンサでは水素イオンを検出している点が大きな差異となっている。
 DNA ポリメラーゼ反応で生成した水素イオンは、ウェルの底にあるイオン感受性レイヤーに電荷を与え、その直下にあるイオンセンサーがその電荷を電圧に変える。電圧変化は CMOS チップ内での計算により 0/1 の信号へと変換され、出力される。pH の検出は 1 秒間に 60 回も行われると発表されており、優れた精度を持つことが期待される。
 1回の反応が終わると、次の塩基が入ることにより、DNA 合成は逐次的に実行されていく。そのサイクルは、現バージョンで 4 秒間に 1 サイクルであり、近い将来 2 秒間に 1 サイクルになるという。
 シーケンシング原理の詳細については, 下記特許も参照されたい。
USP Pub. App. No. 20100035252 "Methods for sequencing individual nucleic acids under tension"
USP Pub. App. No. 20090127589 "Methods and apparatus for measuring analytes using large scale FET arrays"
USP Pub. App. No. 20090026082 "Methods and apparatus for measuring analytes using large scale FET arrays"

サンプル調製

 Ion Torrent Systemsはサンプル調製法についてはその内容を公表していない。しかし、これまでに作製されたいずれのライブラリも利用できること、蛍光などは利用していないことから、従来の次世代シーケンサ用サンプル調製よりは簡便になると思われる。ただし、DNA 1 分子を鋳型とした場合の pH 変化を検出できないようなので、PCR 法またはローリングサイクル法により 1 分子の DNA 鋳型を増幅させる必要があるだろう。


スペック

 第1バージョンのシーケンサのスペックは、 1 リード長が 100~200 bp 程度らしい。1 個の CMOS チップに 155 万個のシーケンシング反応用ウェルがあるが、 すべてのウェルで読み取り可能なリードデータが得られるわけではないので、1 ラン当たりとしては 100 Mb 程度の出力が得られているとのことである。今後は、CMOS チップの集積度が向上し、数億個の 1.3 μm ウェルが並んだチップになる予定である。リード長は 454 シーケンサ並になることが期待され、1 ラン(=1時間)当たり 50 Gb 程度の出力になると予想される。これは、1 回のラン(=1時間)で全ヒトゲノムの解読が可能な規模である。
 精度については, 以下のようなデータがある。
Adenovirus ゲノム(34kb)を冗長度 59 で読んだ時の精度は、 100% カバーで 99.999% であった。また、大腸菌ゲノムを冗長度 12.9 で読んだ時の精度は、>99% カバーで >99.9% であった。さらに、841Mb と比較的大きなゲノムの配列決定も行っており、大きなゲノムでも高精度にシーケンシングできることが実証されているという。


シーケンサーの発売計画

 価格 50,000 ドル以下で販売する予定であり、1 ランの配列決定コストは 500 ドルである。 将来のバージョンのシーケンサでは 1 ランでヒト全ゲノム配列を決定できるので、いわゆる "1000 ドルゲノム" を達成できることになる。時期についての詳細は発表されていないが、今年中に発売される予定とのことである。