マイクロバイオーム(微生物叢)ビジネスに関わる世界と日本の動向を3回に渡るシリーズ記事として紹介することを企画し、
前回のGOクラブでは腸内微生物叢に着目した疾病治療を目指す欧米のベンチャー企業を紹介した。今回のGOクラブでは、疾病診断、皮膚の微生物叢に着目した化粧品や治療薬の開発、植物領域のマイクロバイオームに着目した農業分野への応用といった分野でビジネス展開を図っている欧米のベンチャー企業を紹介したい。
腸内微生物叢に着目した疾病治療以外の応用を目指す欧米のベンチャー企業
前回のGOクラブでは、マイクロバイオーム・ビジネスの第1回記事として、腸内微生物叢に着目した疾病治療を目指すベンチャー企業を紹介した。微生物叢が常在するヒト組織としては、腸以外に皮膚や口腔が挙げられる。皮膚や口腔の微生物叢の場合も、欧米のベンチャー企業の事業の出口は、腸内微生物叢の場合と同様に、疾病治療薬の開発が多い。今回の特集では、腸内微生物叢以外の微生物叢に着目した疾病治療、疾病診断、植物の微生物叢に着目した農業分野などの応用を目指す29社のベンチャー企業の概要を紹介したい。
企業名 | 本社所在地
/設立年 | 事業領域 | 特徴 |
Azitra Inc. | New Haven, CT
/2009年 | 皮膚疾患治療 | 皮膚に常在する微生物叢に着目して、アトピー性皮膚炎や湿疹の治療に役立つ「治療用タンパク質」を分泌生産する組換え菌の開発を進めている。 |
Quorum Innovations, LLC
| Sarasota, FL
/2011年 | 皮膚疾患治療 | ヒトの皮膚に常在する善玉菌の抽出物を含む薬用化粧品"BioEsse"を発売した。これ以外に、皮膚の微生物叢に着目してアトピー性皮膚炎やドライアイの治療薬の開発を進めている。 |
AOBiome LLC | Cambridge, MA
/2013年 | 皮膚疾患治療 | 皮膚常在菌であるAmmonia-Oxidizing Bacteria (AOB) が皮膚の健康を維持するのに重要な役割を果たしていることに着目し、AOBを皮膚疾患治療に用いることを目指している。 |
ProdermIQ, Inc. | San Diego, CA
/2013年 | 皮膚疾患治療 | 皮膚から採取したサンプルをもとに、皮膚微生物叢のメタゲノム解析結果を中心とする皮膚の健康状態を示すスコア("Skindex"と呼ぶ)を用いて、プロバイオティクスによる皮膚ヘルスケアを実現することを目指している。 |
Dermala Inc. | San Diego, CA
/2014年 | 皮膚疾患治療 | Dermalaは、California大学San Diego校で開発されたマイクロバイオーム解析のコア技術をもとに設立されたベンチャー企業である。ニキビ、アトピー性皮膚炎、慢性皮膚炎などに対する治療薬の開発を進めている。治療薬としては、プロバイオティクス、皮膚常在菌の代謝物およびプレバイオティクス(プロバイオティクスの働きを助ける物質)を含むものを開発している。 |
Xycrobe Therapeutics, Inc. | La Jolla, CA
/2014年 | 皮膚疾患治療 | 皮膚に常在する善玉菌を皮膚疾患治療に役立つサイトカインなどのタンパク質を分泌生産するように改良した組換え菌の開発を進めている。 |
Naked Biome | San Francisco, CA
/2015年 | 皮膚疾患治療 | Skinomicsは、California大学Los Angeles校で開発されたマイクロバイオーム解析技術をもとに設立されたベンチャー企業である。ニキビなどの皮膚疾患の治療に用いるプロバイオティクスや疾病診断法の開発を進めている。 |
Nerd Skincare, Inc. | Elmhurst, NY
/2015年 | 化粧品 | 皮膚常在菌に作用する独自のポリマー素材を生かした化粧品を開発し、販売を始めた。また、個々人に適した製品の開発に役立つ「顔の皮膚の微生物叢に関する大きなデータベース」の構築を進めている。 |
S-Biomedic | Barcelona, Spain
/設立年不明 | 化粧品 | 皮膚に常在する善玉菌を含む化粧品の使用により、皮膚疾患を悪化させる悪玉菌を抑えることにより、ニキビや湿疹などの改善を促すことを目指している。 |
C3 Jian, Inc. | Marina del Rey, CA
/2007年 | 口腔ケア(診断と治療) | 特に口腔に常在する微生物叢に着目し、歯周病などの起炎菌を抑えるために、抗菌性ペプチドを起炎菌に働くように工夫した治療薬の開発を目指している。 |
Revitin Life Sciences, LLC | Greenwich, CT
/2015年 | 口腔ケア | 歯周病の起炎菌を抑制するために、ビタミン類、酵素類やミネラルを含有し、善玉菌の増殖を促す歯磨き粉を開発した。 |
Commense Inc. | Boston, MA
/設立年不明 | 乳児の健康維持・疾病治療 | 「自然分娩で生まれた乳児」と「帝王切開で生まれた乳児」を比べると、後者の乳児の方がアレルギー、免疫性疾患、喘息および肥満などの疾患に罹患しやすいことが示唆されている。この現象に着目し、妊婦の産道に常在する微生物叢に基づいて、これら疾病の治療に結びつく新規治療薬の開発を目指している。 |
Kallyope Inc. | New York, NY
/2015年 | Gut-Brain Axisに着目した疾病治療 | 腸には複雑な神経系が存在し、この神経系は腸内微生物叢と相互作用している。そして、この相互作用が脳神経系ともつながっている。この腸と脳の間のコミュニケーションが疾病発症にも関わっており、この現象に着目した治療薬の開発を目指している。 |
ISOThrive LLC | Healdsburg, CA
/2013年 | 健康食品(サプリメント) | 健常な腸内微生物叢を保持できる健康食品の開発を行っている。具体的な製品としては、プレバイオティックスとしてオリゴ糖を含むネクターを発売している。 |
Genetic Analysis AS | Oslo, Norway
/2008年 | 腸疾患診断 | 腸内微生物叢の解析技術をもとに腸疾患の診断法の開発を進めている。 |
Metabiomics Corporation | Potomac Falls, VA
/2011年 | 大腸がん診断 | Metabiomics Corporationは、Biospherex LLCが設立したマイクロバイオームビジネスに特化した子会社である。独自に開発した腸内微生物叢のシーケンシング解析技術を用いて、大腸ポリープや大腸がんの診断法の開発を推進している。 |
Human Longevity, Inc. | San Diego, CA
/2013年 | 疾病診断 | Human Longevity, Inc.は、ヒト全ゲノム解析、メタボローム解析および微生物叢解析のデータを統合化し、健康寿命の延長に関わる知識の発掘と治療法の開発を目指している。微生物叢解析に特化しているわけではないが、CEOであるJ. Craig Venterはメタゲノム解析の先駆者であり、またHuman Longevity, Inc.で微生物叢解析を推進するリーダーであるNelson博士は、2006年に世界で初めて腸内微生物叢のメタゲノム解析を行ったことで実績がある。 |
Whole Biome, Inc. | San Francisco, CA
/2014年 | 疾病診断 | 独自のマイクロバイオーム・データベースをもとに、多数の大学や医療機関と共同研究を推進し、疾病診断法の開発を目指している。 |
Microbiome | Amsterdam, Netherland
/2005年 | 研究支援 | オランダ、AmsterdamのVU Medical Centerからスピンアウトしたベンチャー企業で、マイクロバイオームに関わる受託解析ビジネスを推進している。 |
CeMet GmbH | Tübingen, Germany
/2009年 | 研究支援 | 腸内細菌を中心に次世代シーケンシング解析を核として、他の研究機関との共同研究を推進している。 |
Diversigen, Inc. | Houston, TX
/2013年 | 研究支援 | Diversigen, Inc.は、Human Microbiome Projectの推進で中心的な役割を果たしてきたBaylor College of Medicineの成果をもとに設立されたベンチャー企業である。疾病治療・ヘルスケア領域だけでなく、農業やオイル・ガスの生産など、マイクロバイオーム関連技術を広く事業化に応用することを目指している。 |
Microbiome Insgihts Inc. | Vancouver, BC, Canada
/2015年 | 研究支援 | 細菌叢だけでなく、カビなどの真核微生物に対して、PCR解析や次世代シーケンシング解析など、広く受託解析サービスを行っている。 |
PathoGenetix, Inc. | Watertown, MA
/1997年 | 微生物叢同定(分析・診断) | 独自に開発した解析技術(Genome Sequence Scanning)を用いて短時間に(5時間以内に微生物を同定するサービスを提供している。 |
Era7 Bioinformatics | Granada, Spain
/2004年 | バイオインフォマィクス | 細菌の16S rDNAのシーケンシング技術を核として細菌叢の解析サービスを提供している。 |
uBiome, Inc. | San Francisco, CA
/2013年 | 消費者向け微生物叢解析サービス | 消費者向け微生物叢解析サービスを提供している。市民科学の推進を通じて、マイクロバイオームの知財を獲得する試みも行っている。 |
Pivot Bio, Inc. | Emeryville, CA
/2010年 | 農業領域 | 植物マイクロバイオームに着目して、化学肥料より優れた効果を有する新しい肥料の開発を目指している。 |
AgBiome, Inc. | Durham, NC
/2012年 | 農業領域 | 植物マイクロバイオーム分野で深い知識を保有するほか、穀物に関係する微生物で大規模なコレクションを保有する。農業事業を大手企業(Syngenta やGenective)と提携して、穀物生産に資する技術開発を推進している。 |
EpiBiome, Inc.
(マイクロバイオーム・ビジネス(2)でも紹介) | San Francisco, CA
/2013年 | 農業領域 | 前回のGOクラブでは、バクテリオファージの投与により、ヒト感染症を治療することを目指していることを紹介したが、植物の細菌叢に着目して、病原菌の増殖を阻害する低分子物質の創製も目指している。 |
Indigo Agriculture Inc. | Cambridge, MA
/2016年 | 農業領域 | 植物にとって善玉菌である微生物を「種子」にコーティングする技術を開発し、すでに製品化した。 |
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腸内微生物叢に着目した疾病治療薬の開発を目指す欧米のベンチャー企業(前回の追加)
前回のGOクラブの「マイクロバイオーム・ベンチャー」の記事で、腸内微生物叢に着目した疾病治療薬の開発を目指す欧米のベンチャー企業の概要を紹介したが、その後の調査により、下記に示す5つの企業と1つの組織も腸内微生物叢に着目した疾病治療を目指していることがわかったので、概要を紹介する。
企業名 | 本社所在地
/設立年 | 治療薬・治療法 | 特徴 |
Da Volterra | Paris, France
/2000年 | Clostridium difficile感染症の予防薬 | 上述のSynthetic Biologics, Inc.と同様に、抗生物質投与時に発生しうるClostridium difficile感染症を予防するために、抗生物質を結合する薬物を医薬品として開発することを進めている。 |
Synthetic Biologics, Inc. | Rockville, MD
/2001年 | 腸内微生物叢に着目した医薬品開発 | 腸内微生物叢に着目した医薬品開発を推進しており、現在2つの製品パイプラインSYN-004とSYN-010がある。SYN-004は、患者に対してβ-ラクタム抗生物質の静脈投与を行う際に、Clostridium difficile感染症を罹患する可能性があるが、この感染症を予防するために経口投与する抗生物質分解用の酵素製剤である。SYN-010は、炎症性腸疾患を罹患していると腸内でメタンを発生しやすいが、このメタン発生を抑制するLovastatin lactoneの改善製剤である。 |
Enterome Bioscience SA | Paris, France
/2012年 | 腸内微生物叢に着目した炎症性腸疾患の治療薬 | 腸内微生物叢に着目して、クローン病、潰瘍性大腸炎などの治療薬の開発ならびにクローン病に関する診断法の開発を進めている。 |
MaaT Pharma | Lyon, France
/2014年 | 腸健常人由来由来の腸内糞便の移入 | 健常人の腸内糞便を腸疾病罹患者に移入する治療法(Fecal Microbiota Transplantations)で独自の技術を開発している。 |
Epiva Biosciences, Inc. | Cambridge, MA
/2015年 | 免疫疾患・炎症性疾患の治療 | 腸内微生物叢に異常が認められる免疫疾患や炎症性疾患に対して、健常な腸内微生物叢を復元できるような治療法の開発を目指している。 |
OpenBiome
(非営利組織) | Medford, MA
/2012年 | 腸健常人の腸内糞便の移入 | Fecal Microbiota Transplantationsの利用を推進している。 |
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欧米のマイクロバイオーム・ベンチャー企業のまとめ
2回に渡ってマイクロバイオームに着目した欧米のベンチャー・ビジネスを紹介した。このシリーズ記事を企画した時点では、GOクラブで把握していた欧米のマイクロバイオーム関連ベンチャーの数は20~30程度であったが、改めて調査してみると、その数は60社近くにものぼることがわかった。予想外に多い数であると感じた。ベンチャー企業の設立年を見ると、腸内微生物叢疾病治療薬を開発するベンチャーが最初に設立され、その後皮膚など腸以外に常在する微生物叢に着目したビジネスに広がり、最近では農業分野への応用を目指すベンチャーも増えてきていることがわかる。また、マイクロバイオームという語が一般的になる前は、腸内細菌ビジネスについては、プロバイオティクスとしての乳酸菌など、日本の食品企業が先導していた領域であったが、欧米の企業の多くが疾病治療か疾病診断を目指していることも明らかになった。マイクロバイオーム関連ベンチャーの数は特に米国に多いが、日本で多い研究支援型ベンチャー企業はほとんど見当たらない。この理由については、第3回目の「マイクロバイオーム・ビジネス」の記事で論じてみたい。 |