単細胞RNAシーケンシングについて
単細胞ゲノムシーケンシングについては、2011年10月12日、2011年10月24日、2012年10月22日と3回にわたって、GOクラブで話題を提供している。単細胞RNAシーケンシングについては、解析対象がDNAでなくmRNAであるが、解析手法は単細胞ゲノムシーケンシングと類似している。これまでよく用いられている方法は、2012年10月22日のGOクラブ記事で紹介した「Fluidigm Corporation (Fluidigm) が開発した全自動単細胞単離装置C1 Single-Cell Auto Prep System (C1 System) を用いた手法」である。具体的には、C1 Systemを利用して単離した細胞を96ウェルプレートに分離する、すなわち96個の単細胞を分離した後、「単細胞からのcDNA作製キット(Clontech SMARTer Ultra Low RNA Input kitなど)」と「NGS用ライブラリー作製キット(Illumina Nextera XT DNA Sample Preparation Kitなど)」を用いてNGS用cDNAライブラリーを作製し、Illuminaシーケンサーで解析するというものである。各細胞由来のcDNAには短いDNA配列のバーコードタグが付加されているので、各細胞のライブラリーを混合してNGS解析を行っても、各cDNA断片の由来を後で知ることができる仕組みになっている。 |
Fluidigm、単細胞RNAシーケンシング用の新システムの販売を開始
Fluidigmは、上述のC1 Systemのアップグレードに相当するC1 mRNA Seq HTの発売を、昨年(2015年)8月25日に発表した。アップグレードのポイントは、単細胞分離に用いる集積流体回路(IFC: Integrated Fluidic Circuit)として新製品C1 mRNA Seq HT IFCを利用している点である。この集積流体回路の利用により、800個の単細胞から、40個の細胞を1つのプールとして1度に20プールのcDNAライブラリーを調製できる。各細胞からのcDNAにはバーコードが付けられるので、NGS解析後に個々のcDNAの由来は判別できる。なお、本システムは、mRNAの3’末端をシーケンシングするものである。 |
WaferGen、単細胞RNAシーケンシング用の新システムの販売を開始
WaferGen Bio-systems, Inc. (WarferGen) は、Fluidigmの発表に対抗するように、単細胞RNAシーケンシング用の新システムである"ICELL8 Single-Cell System"の発売を、昨年9月29日に発表した。本システムを使うと、1回で最大1,800個の単細胞を分離できる。なお、今年のAGBT(AGBT 2016)での発表によると、分離後のサンプルはすべてが1細胞から由来するものでなく、中には2細胞(以上)が混在しているサンプルも比較的高頻度で存在する。cDNAの作製はオリゴdTを用いて行うので、mRNAの3’末端をシーケンシングすることになる。Fluidigmのシステムと同様に、NGS用ライブラリーはIllumina Nexteraキットを用いて作製し、Illuminaシーケンサーを用いてシーケンシングを行う。 |
Bio-Rad、単細胞RNAシーケンシング技術の開発でIlluminaとの提携を発表
先行するFluidigmやWarferGenを追いかけるがごとく、Bio-Rad Laboratories, Inc. (Bio-Rad) は、Illuminaと提携して、単細胞RNAシーケンシング技術の開発を進めることを、今年1月11日に発表した。
Bio-Radは、2011年に第3世代PCR機器を開発していたQuantaLife, Inc.を買収し、マイクロ流路技術による単細胞分離技術の開発に力を入れている。Bio-RadのIlluminaとの提携は、Bio-Radの単細胞分離技術とIlluminaのNGS技術との連結を最適化することにより、優れた単細胞分離用機器を開発するという狙いがあるものと思われる。
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10X Genomics、新機種Chromiumを発表
10X Genomicsの技術と機器(GemCode)については、1年前のGOクラブの記事で紹介したので、その記事を参照してほしい。10X Genomicsは、今年のJ.P. Morgan Healthcare Conferenceで、GemCode機器のアップグレード機器にあたる新製品"Chromium"を発表した。さらに、10X Genomicsは、AGBT 2016で、Chromiumの詳細について発表した。Chromiumの特徴は、ヒト全ゲノムシーケンシングやヒトエクソームシーケンシングにおいてもロングリードのDNA配列が得られる点に加えて、単細胞RNAシーケンシングを実施できる点である。CoreGenomicsブログの記事を参照すると、単細胞RNAシーケンシング用cDNAライブラリーの調製のフローは次のとおりである。
(a) マイクロ流路デバイスを用いて、微小ゲルビーズに単細胞をトラップする。
(b) ビーズにトラップされた細胞からmRNAを溶出する。
(c) 続いて、mRNAとオリゴdTを用いてcDNA合成を行い、同時に細胞の由来を示すバーコードタグをcDNAに付加する。
上述のフローによって調製されたcDNAライブラリーをもとに、Illuminaシーケンサーを用いて各細胞由来のmRNAの3'末端配列を網羅的に明らかにする。Chromiumを用いると、10分間で48,000個の単細胞を得ることができる。約90%のビーズは単細胞をトラップしており、残りのビーズは空ビーズとなる。単細胞の分離精度が極めて高く、2個の細胞が混じる率はわずか1 %である。単細胞をトラップできたビーズの約50%から利用可能な配列データが得られている。10X Genomicsは、AGBT 2016で、血液細胞を分離し、単細胞RNAシーケンシングを行った結果を発表したが(10X Genomicsのホームページを参照)、そのデータを見ると、ナイーブT細胞、活性化T細胞、B細胞、単球、樹状細胞がきれいに分離し、トランスクリプトーム解析が行えており、Chromiumの性能の素晴らしさが感じとれる。また、Chromiumを使った単細胞RNAシーケンシングの定量的性能は、リアルタイムPCR(定量PCR、qPCR)と同等であることがAGBT 2016で発表されている。Chromiumの機器の価格は125,000ドルであり、広く普及しうる価格といえる。
今回のGOクラブの記事で紹介したように、単細胞分離技術の開発と実用化では、Fluidigmが先行し、WarferGenが追いかけていたが、Bio-Radの参入により単細胞分離用機器の開発競争も激しさを増してきた。さらに、10X Genomicsがこれら企業の技術・機器を上回る性能の新しい機器Chromiumの上市を発表した。このChromiumは、ショートリード・シーケンサーとの連携により「ロングリードのゲノムDNAシーケンシング」も可能にする機器であり、その性能は従来機種GemCodeより一段と進歩している。次回のGOクラブでは、Chromiumを使ったゲノムDNAシーケンシングの話題を紹介したい。
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