2014年10月9日木曜日

メタゲノム・ビジネス(2): ヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業の紹介

 ヒト腸内に棲む微生物群(Human Microbiome; ヒト・マイクロバイオーム)の種類は、健康状態によって異なることが明らかになっている。このヒト腸内微生物群の次世代シーケンシング(NGS)解析を、健康・疾病モニタリングや創薬に活かすことを目指すヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業が米国を中心に多数誕生した。今回のGOクラブでは、これらベンチャー企業の概要について紹介する。


微生物群のメタゲノム解析の手法

 採取したサンプル中の微生物の種類・分布をNGSを用いて解析する手法としては、以下の3つの方法が挙げられる。
(1) 16S rRNA遺伝子のNGS解析
 細菌の16S rRNA遺伝子は、配列類似性が種間で極めて高い領域(保存領域)と種間で配列多様性が認められる領域(可変領域)を持つ。保存領域上の配列をプライマーとして、そこに挟まれる可変領域をPCR法により増幅した後、NGSを用いて当該DNAの由来を解析することにより、そこに含まれる細菌の種類と割合を推定することができる。増幅される領域は長いので、一般にRoche-454 シーケンサーなどのロングリード・シーケンサーを用いて約400 bpの配列を決定することが行われる。
(2) ショットガン・シーケンシング&相同性検索
 ヒト腸内微生物のゲノムDNAを断片化し、ランダムにショットガン・シーケンシングを行う方法である。その後、各DNA断片の配列を参照微生物のゲノム配列データベースに対して相同性検索を行うことにより、各DNA断片が由来した微生物種を推定することができる。
(3) ショットガン・シーケンシング&アセンブリー
 ヒト腸内微生物のゲノムDNAを断片化し、ランダムにショットガン・シーケンシングを行う方法であるが、その後、各DNA断片の配列をもとに配列のつなぎ合わせ(Assembly;アセンブリー)を行うことで長い配列(コンティグ配列)を作成し、元のゲノム配列を推定する。さらに、このコンティグ配列に対して意味付け(Annotation;アノテーション)を加えることにより、各コンティグ配列中にある遺伝子の由来や機能を予測する。この方法はサンプル中の特定の微生物が数が比較的多いときに有用であり、微生物の遺伝子や代謝系などの解析にも用いることができる。

Human Microbiome Projectについて

 Human Microbiomeが注目され始めたのは、NIHが2008年にHuman Microbiomeのゲノムプロジェクト(NIH Human Microbiome Project)を開始したことに寄与していると考えられる。

 ヒトの皮膚、粘膜、胃腸などの消化器に生息する微生物叢を“Human Microbiome”と呼び、ヒトの体には合計5,000種類にも及ぶ微生物が棲みついていると言われている。NIH Human Microbiome Projectは、ヒトに棲む膨大な種類の微生物のゲノム配列を明らかにすることにより、Human Microbiomeに着目した医学やヘルスケアを促進する狙いがある。現時点で、すでに3,000種類の微生物の参照ゲノム配列が明らかにされ、利用できるようになっている。

腸内微生物群に着目したヘルスケアについて

  近年米国を中心に、多数のヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業が設立され、活動を進めているが、ほとんどの企業がヒト腸内細菌叢(Human Gut Microbiome)に着目した疾病の治療薬や治療法の開発を目指している。

 古くから、腸内の乳酸菌などを「善玉菌」と呼び、食品微生物に着目した整腸作用を通じてヘルスケアを維持する試みが行われてきた。このような人体に良い影響を与える微生物、ならびにこれら微生物を含む食品・製品を「プロバイオティクス(Probiotics)」と呼ぶ。プロバイオティクスは、「アンチバイオティクス(Antibiotics; 抗生物質)」と対比される意味で使われるようになった。また、腸内の善玉菌を増やしたり、腸内細菌叢のバランスを改善する作用がある物質を「プレバイオティクス(Prebiotics)」と呼ぶ。

 これまで食品系企業が、善玉乳酸菌や乳酸菌入り食品ならびにプレバイオティクスとなるオリゴ糖の開発を推進してきた。最近登場したヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業も、NGSを活用した腸内細菌叢の解析に基づいて、悪玉菌の増殖を抑制する医薬品の開発、ならびにプロバイオティクスやプレバイオティクスに着目した疾病治療に関わる研究開発を推進している。

ヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業の概要

  GOクラブの調べによると、最も早く設立されたヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業は、Second Genome, Inc. (Second Genome; 2009年設立、 拠点は米国マサチューセッツ州ボストン)であろう。Second Genomeは、製薬企業、食品系企業、大学などと連携して、医薬品やヘルスケア製品の創出を目指している。

 2010年に設立されたVedanta Biosciences Inc. もSecond Genomeと同じく、ボストンを本拠地とするベンチャー企業であるが、制御性T細胞に影響を与える細菌群を同定し、これら細菌群のカクテルを疾病治療に活かそうとしている。

 同じく2010年に設立されたViThera Pharmaceuticals, Inc. (ViThera)は、米国マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置くベンチャー企業である。ViTheraは、炎症性腸疾患の治療に効果があるタンパク質を発現する乳酸菌を創製し、このプロバイオティクス乳酸菌の臨床試験入りを目指している。

 2011年に設立されたSeres Health, Inc. (Seres Health)は、ViTheraと同じくケンブリッジに拠点を置くベンチャー企業である。Seres Healthが開発を進めている細菌胞子を含むカプセル薬SER-109はClostridium difficileの増殖による腸疾患の治療に用いることを進めている。Seres HealthのSER-109は、フェーズIII試験に入っており、ヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業の中では、最もステージが進んでいる企業といえる。

 2012年に設立されたENTEROME Bioscience SA (Enterome)は、フランス、パリに拠点を置く。Enteromeは腸内細菌叢のプロファインリングに基づく疾病の診断やコンパニオン診断薬の開発を進めている。

 NuMe Health LLCから、2013年にヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業として変身したMicroBiome Therapeutics, LLC (コロラド州Broomfieldに拠点を置く) は、すでに用いられている経口糖尿病治療薬Metforminの剤形を改良した腸内細菌叢の調整薬NM505の開発を進めている。

  2013年に設立されたWhole Biome, Inc. (Whole Biome; サンフランシスコに拠点を置く)は、腸内細菌叢の調整に重点を置いた診断法や治療薬の開発を目指すベンチャー企業であるが、現時点では多数の大学や医療機関との共同研究を推進している段階である。

 Whole Biomeと同じく、サンフランシスコに拠点を置くuBiome, Inc.(2013年に設立)は、他のヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業とは全く異なるビジネスモデルを持つ。社名であるユー・バイオーム(あなたのバイオーム)が象徴しているように、23andMeタイプの個人マイクロバイオーム企業であり、Direct-to-Consumer(DTC)サービスを提供することを目指している。

 以上、今回のGOクラブでは、8社のヒト・マイクロバイオーム・ベンチャー企業の概要を紹介したが、今後のGOクラブで、これら企業の具体的な取り組みやニュースなどを紹介していく予定である。