2012年7月11日水曜日

新・次世代シーケンサーの新しい分類について考える

 GOクラブでは、次世代シーケンサーの開発競争が「高機能かつ安価な機器・方法」を目標に行われていることから、シーケンシング原理別に第1世代~第4世代に分類し、次世代シーケンサーに関する情報提供を始めた。また、第2世代シーケンサーの進歩などを吟味し、次世代シーケンサーを用途別に分類すると、別の世界が見えてくることも以前考察した。DNA・RNAの調製・精製のトップメーカーであるQIAGENが、6月25日付けのプレスリリースで「Intelligent Bio-Systems(IBS)の買収」を発表した。今回のGOクラブでは、この買収の意味を「用途や利用形態に基づく次世代シーケンサーの新しい分類」の脈絡の中で考察してみたい。


市販(予定)次世代シーケンサーの用途別分類

 以前のGOクラブで、市販(予定)次世代シーケンサーの新しい分類を掲載した。その後に登場した新しいシーケンサーの性能・機能などを吟味し、「次世代シーケンサーの新しい分類」を下表のように更新したい。なお、下表は用途別分類であるので、各タイプの分類の境界は曖昧であり、かつ複数の用途に使えるシーケンサーもある。

タイプA.研究用途(特殊用途/先端研究用)シーケンサー
長鎖シーケンシングやDNAメチル化の検出などが行えるシーケンサーがこのタイプに属する。RNAも直接シーケンシングできる機器も登場するであろう。

タイプB.研究用途(一般ゲノム研究用)シーケンサー
配列出力量が大きく、微生物や高等生物の全ゲノム解析に用いることができるシーケンサーである。配列決定作業に対して分子生物学の知識と熟練が必要である。Illumina MiSeqやIon Torrentシーケンサーでは、シーケンシング前のサンプル・ライブラリー調製の工程を簡便化する開発が進んでいるが、シーケンシング全工程を吟味すると、クリニックなどで簡易に扱える段階には達していない。このタイプに属するシーケンサーでも、診断用途・業務用途にも使える機器も出てくるであろう。

タイプC.診断用途/業務用途(Sample-In、Answer-Out型)シーケンサー
被験サンプルから簡易にDNAが取りだすことができ、DNAサンプルをシーケンサーに入れると(Sample-In)、自動的にシーケンシングが行われ、解析結果が出力される(Answer-Out)タイプのシーケンサーがこの分類に属する。多くは、研究用途にも用いることができる。

タイプD.小型ポータブルシーケンサー
持ち運び可能なシーケンサー(デバイス)がこのタイプに属する。ただし、サンプル・ライブラリー調製が自動化されているとは限らない。なお、Oxford Nanopore MinIONデバイスについては、発表内容をみると、タイプCにも属すると思われる。配列出力量が小さくてもよい研究用途にも使える。

用途利用形態市販シーケンサー
(* : 市販予定)
特徴
 研究用途A.特殊用途、先端研究用PacBio RS
*Oxford  Nanopore GridION
1分子シーケンシング、DNAメチル化の検出、長鎖シーケンシングなどが行える。
B.一般ゲノム研究用Illumina HiSeq/MiSeq、454-FLX/GS Junior、 SOLiD
Ion Torrent PGM/Proton
*Oxford Nanopore GridION
IBS Max-Seq
大出力量。配列決定作業に対して分子生物学の知識と熟練が必要である。診断用途・業務用途にも使える機器もある。
 診断用途
 業務用途
C.Sample-In, Answer-Out型
(前処理の簡便化・自動化)
*Oxford Nanopore MinION
*GnuBIO
*QIAGEN-IBS PinPoint Mini
シーケンシング前のサンプル調製が簡便化・自動化されている。コスト安価、迅速。多くは据置型シーケンサーである。研究用途にも使えるものになろう。
D.小型ポータブルシーケンサー
(携帯可能)
*Oxford Nanopore MinION
*LaserGen
デバイスが持ち運び可能で、多くはUSB駆動型である。シーケンシング前処理が自動化されているとは限らない。個人用途にも使えるものになろう。


“Sample-In, Answer-Out” Sequencer

 上表のタイプCの“Sample-In, Answer-Out”とは、サンプルを入れると、自動的に実験・処理が行われ、答え(解析結果)が出てくるという意味である。このような概念のデバイスの源流は、Microfluidics技術を利用した“Lab-on-a-Chip (LOC)”にある。LOCで著名なベンチャー企業はCaliper Life Sciencesである。1995年に設立された企業であるが、「大きな生命科学の研究室を小さなマイクロチップ内に閉じ込める」という革新的な概念を発表し、一世を風靡した。その後、このLOCはAgilent 2100 Bioanalyzerなどで実現している。

 LOCが本格的な姿で登場するのは、GnuBIOが開発している次世代シーケンサーであろう。GnuBIOは、ibc Life Sciences(8月6日)Cambridge Healthtech Institute(9月28日)のミーティングで、True"Sample In, Answer Out" DNA Sequencingという謳い文句で、最近の進捗を発表する。以前のGOクラブでもGnuBIOのシーケンサーの詳細を紹介しているが、サンプルを入れると、約2.5時間で自動的に答えが出てくるという優れものである。
 “Sample-In, Answer-Out” Sequencerは、前処理の簡便化・自動化が実現されているなら、必ずしもLOCを用いる必要はない。また、クリニック用や業務用に使うのであれば、持ち運び可能である必要もなく、据置型でも構わない。

QIAGENによるIntelligent Bio-Systems (IBS) 買収の意味

 以前のGOクラブでも紹介したが、IBSは、タイプB用途のMax-Seqシーケンサーを昨年市販したが、ほとんど売れていないものと思われる。このような状況があり、“PinPoint Mini”と呼ぶ「より簡易に扱える安価なシーケンサー」の開発にシフトした。そのシーケンサーの概要はGOクラブで紹介した。利用するターミネーターの濃度が低いこともあり、シーケンシングコストが安価になる。そして、20サンプル同時にシーケンシングが行え、さらにサンプルごと独立に随時シーケンシングできる点が、クリニック用シーケンサーに適していると思われる。これに、シーケンシングの前処理が得意なQIAGENが合体するので、かなり魅力あるシーケンシング・システムになるはずだ。これがQIAGENがIBSを買収した意図であろう。

QIAGENは、“Sample-In、Answer-Out”と同じ目標である“Sample-to-Result (from Sample to Result)”を掲げて、DNA・RNAの調製・精製の簡便化・自動化を実現させるための技術や製品を開発している。QIAGENは、今回のプレスリリースで、「“Sample-to-Answer”型のワークフローを実現する2種類の自動化工程の開発を進めている」と発表している。したがって、IBSシーケンサーとQIAGENの技術を融合させて、“Sample-In, Answer-Out”型に近いシーケンサーの上市を目指すものと思われる。なお、この新シーケンサーは今年中にアリーアクセスのユーザでテストされ、来年発売される

 以前のGOクラブの「IBSのMax-Seqシーケンサー登場」の記事では、「近い将来戦国時代に突入する」と予想したが、その予想は1年後に実現される形となった。QIAGENによるIBSの買収は、シーケンサー業界に対して衝撃を与えたものと思う。特に、Oxford Nanoporeによるナノポアシーケンサーが今年2月に発表された後の買収であることを考えると、IBSの買収はQIAGENが勝算があると判断した決断であったと思われる。今後、次世代シーケンサーの各社のシェアや業界地図も大きく変わっていくであろう。Illumina優位も変わっていくのではないか? Rocheは、454社を買収し、業界をリードしてきたが、現時点では454-FLXシーケンサーは見劣りがする。しかも、FLX+シーケンサーは予定通りのスペックが出ない場合が多く、トラブル続きである。RocheはIlluminaの買収を試みたが、失敗に終わった。Rocheは次にどういう手を打ってくるのであろうか。