2011年9月21日水曜日

2011年度のNHGRI-$1000次世代シーケンシング技術 (パート2)

 前回のGOクラブでは、米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)が新しい次世代シーケンシング技術開発の研究グラントである" Advanced Sequencing Technology Awards 2011”を供与した「9種類の新技術」のうち、5種のナノポアシーケンシングの概要を紹介した。今回のGOクラブでは、残りの4種類の技術について紹介する。


蛍光プローブで修飾したDNAポリメラーゼによる1分子シーケンシング (Washington Univ.)

本プロジェクトのタイトルは“Fluorescent Amino Acid Probe of Template-strand Bases”であるが、内容がわかりにくいので、「蛍光プローブで修飾したDNAポリメラーゼによる1分子シーケンシング」というタイトルにした。
本プロジェクトの要旨から技術内容を読み取ると、鋳型DNAの塩基が接触するDNAポリメラーゼ内のアミノ酸残基をFRET (Fluorescence resonance energy transfer)の供与体色素で修飾し、その色素と10~15オングストローム離れた位置にFRET受容体を配置させることにより、DNAポリメラーゼがDNA合成を行うときに、FRETの発光・消失の変化が4種類の塩基特異的に起こることを想定した「1分子リアルタイムシーケンシング技術」である。全く新しい原理のシーケンシング法であり、半導体チップ、特殊な試薬、PCR反応も必要ないので、コストが非常に安価になることが期待できる。さらに、長いDNA上に多数のDNAポリメラーゼが同時に合成する様子を観察することにより、コンティグ連結も試みるようである。

低エネルギー電子顕微鏡を用いた次世代シーケンシング (Electron Optica, Inc.)

Halcyon Molecular社の透過型電子顕微鏡 (TEM) を用いた次世代シーケンシング技術を紹介したが、Electron Optica, Inc. は、低エネルギー電子顕微鏡を用いた次世代シーケンシング技術の開発を進めている。電子顕微鏡によるシーケンシングの利点は、長い配列が読める点である。Electron Optica, Inc. によると、Halcyon Molecular社のTEMを用いた技術の場合、塩基を重金属でラベルする必要性があり、かつラベルされた塩基とラベルされない塩基が混在するために、塩基配列の解読が複雑になることが欠点であるらしい。さらに、高解像度TEMの場合には高エネルギーによりDNAが損傷するので、配列決定エラーが生じる可能性がある。
Electron Optica, Inc. は、monochromatic aberration-corrected dual-beam low energy electron microscopyとよぶ低エネルギー電子顕微鏡を用いて、2つの電子ビームをDNAに照射して、反射した電子を用いてDNAの拡大像イメージを得た後、この像より各塩基を判別し、DNA配列を読み取るという原理の技術を開発する。この技術は、Halcyon MolecularのTEM利用技術に対して、重金属ラベルが不要であり、またDNAの損傷が少ないことが期待できる。

モノヌクレオチド検出ナノセンサーとエキソヌクレアーゼを用いるシーケンシング (Louisiana State Univ.)

2次元のナノチャンネル (幅・深さともに10 nm未満、長さ5μm未満)をモノヌクレオチドが移動するときの時間が各塩基ごとに異なるという原理に基づき、各塩基を判定する。モノヌクレオチドは1対のナノ電極によって検出する。このモノヌクレオチド検出ナノセンサーには、エキソクレアーゼが固定化されているバイオリアクターが連結されている。したがって、50 kbのDNAの末端からエキソヌクレアーゼに遊離されるモノヌクレオチドをモノヌクレオチド検出ナノセンサーにより順次検出・判別することにより、長鎖1分子シーケンシングを行う。この反応・検出ユニットをアレイ状に整列し、1秒間に約100万塩基読めるシーケンシング技術の開発を目指す。

超並列コンティグ連結マッピング技術 (Univ. of Washington)

本プロジェクトでは、次世代シーケンシング技術そのものでなく、他の技術を用いてシーケンシングを行うとともに、コンティグの連結を行い、de novo assemblyやハプロタイプのシーケンスを決定する技術の開発を目指す。
本技術開発の目標は、以下の4つである。
(1) 長いDNAを断片化したときに、DNAの一次配列に依存せずに、各DNAに隣接するDNAを識別するためのタグを各DNAに付ける。
(2) ゲノムDNA由来のFosmid DNAやBAC (Bacterial Artificial Chromosome) DNAに、超並列にin vitroでバーコードを付与する技術を開発する。
(3) DNAを引き延ばし、アダプターを付与したライブラリーに転換するin situ法を開発し、このライブラリーを次世代シーケンサーでシーケンシングする。
(4) マウスの全ゲノム配列決定およびコンティグ連結を高精度に行えることを示す、そしてヒトのゲノムでハプロイドのゲノム配列を決定できることを示す。

1000ドル・ヒトゲノムプロジェクトの目標と今後の課題

米国で2004 年から始まった1,000 ドル・ヒトゲノムプロジェクトの目標は、ヒトゲノム配列を1000ドルという安価なコストで決定することであったが、その目標達成も間近に迫ってきた。しかしながら、これまでに確立された技術だけでは、(1) 繰り返し配列を精度よく決定する、(2) コンティグを連結し、ひとつながりの長鎖配列を得る、(3) ハプロイドごとに配列を解明することについては、いずれも目標を達成できていない。
今後は、高等生物の新規ゲノム配列をひとつながりの配列として決定できる技術、そしてハプロイド単位のゲノム配列を解析できる技術を開発することが課題となる。また医療現場でも簡単に扱える技術、すなわち全工程が自動化され、短時間に (たとえば数時間以内で)、かつより安価に (たとえば数百ドルのコストで) ヒトゲノム配列を決定できる技術の確立も必要である。今回2011年度のNHGRIの次世代シーケンシング技術の研究グラントに採択された9つのプロジェクトは、いずれもこれらの課題解決に役立つものになると期待できる。